「もうそろそろ、また陣屋事件をおこしていただけないかしら(笑)」

将棋世界1985年9月号、「泥沼流米長のさわやか美女対談」より。ゲストは「陣屋」の女将・紫藤邦子さん。

米長 今日は遠い所、わざわざおいでになっていただいて、本当に有難うございます。

紫藤 いいえ、こちらこそ。お手柔らかに。

米長 まず、乾杯しましょう。

紫藤 本当は母がうかがうのがいいかと思ったんですけど。歴史はあちらの方が長いですから。いつも「将棋の先生方には楽しくさせていただいた」と言ってます。

米長 そうですか。そうおっしゃっていただくと嬉しいですね。

紫藤 「商売を教えていただいた」とも。

米長 将棋指しにそんな事教えられる人はいないだろうけど。

紫藤 大山名人の時代からでしょう。

米長 ン?大山名人。大山商法ですか?それはイカンなあ(笑)。それはイカン。ところで、陣屋の最初の対局というのは何時ですか?

紫藤 ウチが買い取る前は親戚があそこをやっていたんです。三井財閥の寮だったんですね。平塚で三井さんが火薬商をされてて、お客様を人力車であそこに連れてらしていたんです。その時にウチの親戚の叔父が三井に勤めていて、その関係で、対局が始まったんですって。関根先生かららしいですよ。関根先生と木村名人から。

米長 関根金次郎!!随分古いね。戦前ですか。

紫藤 それからウチが継いで、しばらくして、あの”陣屋事件”。

米長 あれは昭和27年でしたか。まだお生まれになっていなかったですか?

紫藤 またあ(笑)。すぐそういう事をおっしゃる。

米長 その時の話は聞いて、よく知ってますでしょう。

紫藤 まだ、ちょこちょこしてましたけど。ウチの母はすごくショックだったらしいですよ。あの時は。

米長 そのココロは?

紫藤 だって、すごく神経の細かい人でしょ。気を異常に使う人なのに、ああいう風に書かれちゃって。

米長 ああ。ベルを鳴らしたのに誰も出て来なかった、と。

紫藤 真相がハッキリしないし。

米長 結局、あの事件に関しては、本当の事を知っている人が本当の事を言わずじまいに終わる、という事ですね。

紫藤 でもね、その方たちが「カセットテープに真相を入れといてあげるから、何十年かたったら公開していいよ」っておっしゃってるの。

米長 そうですか(笑)。私も大体の事はわかりますけど、私の口からはまだ言えませんのでねえ。ウッカリ、変な事を言うと血の雨が降るからね(笑)。

紫藤 いまだにお客さんがその事をおっしゃるんですよ。「怒って帰っちゃったんだってね」って。

米長 しかし、一番の勝利者は被害者だったように見えて―

紫藤 ウチだったみたいですね。

米長 あれで一遍に全国に名前が知れ渡りましたからね。

紫藤 陣屋事件とつけていただきましたからねえ。タイヘンなものですよ。

米長 あの頃、横溝正史の「本陣殺人事件」というのもあったしね。陣屋と聞くと、何か一度行ってみたい旅館だなと、こうなったのね。名前が良かったんですよ。ジンヤという響きが。これがもし他の名前だったらこうはならなかったと思いますよ。”対局拒否事件”とかね別の呼び名になっていたでしょう。それが陣屋事件で通っちゃうんだから。本当にタイヘンなものです。

紫藤 ウチには本当にプラスになりました。いい事はなかなか広まらないけど、悪い事はすごい宣伝力になるものですね。もうそろそろ、また陣屋事件をおこしていただけないかしら(笑)。

米長 (笑)

紫藤 それで、あの時にベルが鳴らなかったという事になったでしょ。だから先生方が、「人間はあてにならないから太鼓をたたきなさい」と言われて。今は玄関で太鼓をたたいています。”陣太鼓”と名付けて。

米長 ああ、そうですか。それから山本武雄先生が”陣太鼓”というペンネームにしたのかな。

紫藤 たしか、そうですよ。

米長 観戦記、山本武雄先生が。

紫藤 話かわりますけど、花村先生、亡くなられたんですね。

米長 あ、そうそう。

紫藤 この前の十段戦第2局の時でしたかしら。ウチでお誕生日していただいて。お元気そうだったのに。今でも全然信じられない。

米長 ね、本当に信じられない。

紫藤 花村先生はね、いろんな事を教えてくださったのよね、私に。例えば、私が「将棋がわからない」と言いますでしょう。そうすると「将棋は歩が生き生きと動いていれば勝つ」って、そうおっしゃるの。「だから陣屋も従業員がよく動くかどうかで、繁盛するかしないかが決まりますよ」って。そういう教え方をしてくださるの。

米長 ハア。成程。

紫藤 それから「名人になる条件は5つあってね」とかね。

米長 それは?

紫藤 エート。覚えてるかしら。健康、礼儀、ハングリー、人徳、それに愛情。これで5つですね。だから、まわりに勝たしてあげたいと思わせる様な人でないと名人になれないんですって。

米長 しかし、あれはなっちゃ困る、というのも名人になった事がありますよ(笑)。

紫藤 (笑)誰ですか。

米長 いやいや(笑)。

紫藤 この5つの条件の事を書き取って行くお客さんもいらっしゃいますのよ。「経営学にも通じる」って。

米長 やっぱり”長”というのはそうでしょうね。私もヨネチョウだけど(笑)。花村先生も立会人、多かったですよね。67歳でね。本当に信じられない。

紫藤 でも、どうして将棋界の先生方ってこんなに個性が強い人ばかりなんですか。

米長 あなたが一番初めに接した対局というのは?

紫藤 娘時代から様子は味わってきましたけど。大山名人がすごく早起きでねェ。5時頃には起きてらして、そして、他の人も起こせって騒がれるでしょう。

米長 せっかちでね。

紫藤 それで、加藤治郎先生がなかなか起きなくて。私、何度も「もう一回起こして来なさい」って。本当に忙しかったですね。あの頃の大山名人の時は。

米長 最近はどうですか?

紫藤 大山名人ですか?最近はおだやかになられましたね、って、言っちゃ失礼かしら。

米長 イヤイヤ、失礼じゃないんですね。

紫藤 最近は、米長先生と加藤一二三先生の対局が一番にぎやか(笑)。

米長 加藤さんは何か注文つけますか?

紫藤 加藤先生は食べ物がタイヘン。

米長 ケーキ3つとかね(笑)。

紫藤 おなかの中がおかしくならないかなあ、と心配になりますよ。ミルクとジュースとケーキとチョコレートとあんことかがねえ、一遍に入ってくるんだから。それから、加藤先生の時は秒読みになられるでしょう。私、隣の部屋で一緒にドキドキしちゃって。

米長 ああいう時は隣にいらっしゃるんですか。

紫藤 ええ、ああなるといつ何を言われるかわからないから。一緒に忙しくなっちゃうの(笑)。

米長 そうですか。でも、秒読みになると、もうお茶は出さないでしょう。

紫藤 加藤先生が「一切いりません」と言いますもの。そうすると米長先生が「どんどん持って来い」なんておっしゃるから(笑)。私、どっちがどうという事はないですけど、同情しちゃう時があるの、加藤先生に。

米長 私も同情しながら指す事がありますよ(笑)。

紫藤 (笑)そうなんですか。

米長 しかし、本当に一生懸命やってくれますよね。旅館の雰囲気はいいし、おカミさんはきれいだし。これだけやってくれる所は数えるほどですよ。だんだん減ってますね、いい旅館というのは。一流の旅館で、大事にされて対局できるんだからいい商売ですよ。これも対局者ならではでね。普通では、あれだけの待遇はしてもらえるもんじゃないですよ。

紫藤 本当に。ウチの主人にも、あんなに尽くす事はないくらい。

米長 そうでしょ。

紫藤 先生方にとっては全く行き届かないかもしれませんけど。

米長 いやいや。これだけのプロ棋士の世話を何日間かソツなくするんだから、たいしたものですよ。この上、わがままを言ったらバチがあたりますよ。今までに対局者から怒られた事はありますか?

紫藤 ないです。露骨にはありませんけど娘時代に、先生が(何て気がきかないのだろう)とイライラされているのを感じてすごく疲れた事は覚えてます。だから、私、こう思う事にしたんです。先生方はこんなに大きい人達なんだから、先を越そうとするのはやめて、言っていただいて、その通りに一生懸命するのが一番だと。

米長 女性の鏡だね。カミさんを一年間預かってもらいたいなあ。手遅れかね、もう(笑)。

紫藤 だから(笑)、主人にはそんなにした事がないって言ってるでしょう。

米長 カミさんを連れてくればよかったなあ。大失敗した。

紫藤 もう(笑)。

米長 ご主人はいい方なんでしょう。おのろけを聞かしてくださいよ。

紫藤 エー、主人にのろけてもらった方が早いんですけど。

米長 なんだ(笑)。たいへんなごちそうになっちゃったな。

紫藤 私が商売やってても、何も文句言わずにいてくれますので。絶対に私が先に死んではいけないと思っています。でも健康なんですよ、すごく。だから、あの方より長生きするのたいへん。

米長 結婚されてから、どのくらい経つんですか。

紫藤 娘が19歳だから―。

米長 えっ、ジュウク。あなたの娘さんが!!

紫藤 だから20年ですね。

米長 本当ですか?「美人に年なし」とはよく言ったもんですね。何歳の時に結婚したんだろ。

紫藤 先生も戦前でしょ。

米長 私は昭和18年。

紫藤 私は加藤一二三先生と同じ(笑)。

米長 よりによって、変な名前出さんでくださいよ。変な名前が出たね。

紫藤 だから気になるのよねえ、加藤先生の事が。

米長 ナルホド。

紫藤 たいへんだったんですもの。育つ過程が。先生は少し良くなってからでしょう。

米長 それでよく食べるのもわかるのか。

紫藤 食べたいのよ。本当に何もなかったんですもの。食べる物が。

(中略)

紫藤 将棋の先生って、本当に楽しい方ばかりですね。こんなにいろんな個性の人がいれば、普通ならどうしても好き嫌いができちゃうでしょ。でも、将棋の先生にはそういう事がないの。不思議なほど。

米長 みんな好き。

紫藤 ええ。それだけすぐれた方とばっかり、お目にかかっているからなんでしょうけど。すごく、それぞれが楽しい。米長先生が一番楽しいけど。

米長 いやいや(笑)。

紫藤 でも、ホントに不思議。

米長 そうですか。うれしいですね。

紫藤 色紙を拝見しても、そんなに達筆というわけでも、格好がついているわけでもないですけど、将棋の先生方のは楽しい色紙が多いですものねえ。

米長 個性が出てますよね。

紫藤 升田先生の色紙は全国に9枚しかないんですって?

米長 ええ、ほとんどないですね。

紫藤 陣屋事件のおかげでウチにはあるんですよ。3枚か4枚。

米長 線が太いですよね、あの先生のは。

紫藤 そう、絵みたいな感じがして。内容も面白いし。

米長 飾ってありますね。

紫藤 ええ。「強がりが雪に転んで廻り見る」っていうの。いいでしょう。この心境が。「勝つ事はえらいことだ」というのもいいですねえ。素晴らしいですね。

米長 塚田先生の。

紫藤 「事」の字の横の棒が一本多いの。

米長 あ、そうでしたか(笑)。そこがまたいいのね。

紫藤 本当に、一枚一枚愛情を感じます。米長先生のも面白かったですね。この前お狩場で書かれた色紙。

米長 あれっ、何か書きましたか。

紫藤 「大山の下、中原の上」って。

米長 ああ(笑)。そんな事もありましたね。

紫藤 中原先生がゲラゲラ笑われて「これは陣屋の地図を表した色紙だ」って(笑)。

米長 (笑)この前の十段戦の時ね。酔っ払っていたからねえ。ぼくはまた破廉恥な事がしなかったでしょうね。得意な事は。

紫藤 ちゃんとされたんじゃないですか(笑)。

米長 そういえば、ずっと前に、2階の屋根からおしっこをした事がありましたね(笑)。

紫藤 そうですってね。私は気がつかなかったんですけど、あとから聞いて。

米長 怒られるかと思ったら、「落ちたら危ないからやめてください」って。うれしかったね。

紫藤 気持ち良かったでしょ。

米長 気持ちいいですね。あなたはそういう事がなさらないでしょう。

紫藤 ……(笑)。

(中略)

米長 いつも着物ですか?

紫藤 ええ、洋服は着ないですね。先生は和服もよくお似合いになりますね。

米長 容疑の対局の時だからですよ。今日みたいな時に和服姿をしていたら、また、全然感じが違うと思いますよ。

紫藤 でも、将棋の先生方が、一生懸命考えられる姿って、本当に魅力的ね。今、女性から見て、男の人が戦っているのがわかる場所というのはあまりないですものね。実業家の人達だって、男の方はそれぞれ戦っているのはわかりますけど、女性から見て”戦ってる”という感じは受けないですものね。それは子供達からお父さんに対してでも、同じ事が言えるでしょうけど。だから、対局場の場面というのは素晴らしいと思うの。

米長 そうか、宿のおカミさんは、そこの場面をよーく、隅から隅まで見られる数少ない女性なんですね。

紫藤 そう。特権があるのね。本当に素敵ですね、勝負の世界は。

米長 その勝負の世界をいつまでも維持しないとね。”勝負”ということでね。近頃は勝負というのをできるだけ穏やかにしちゃおう、なんて考え方がありますからね。良くないですね。勝ち負けをハッキリさせるからこそ勝負であってね、負けた時の保険を掛けていたら勝負じゃないですよ、これは。

紫藤 本当に素敵な商売ですよ。ウチの母もよく「商売冥利に尽きる」と言ってます。

米長 そうですか。どうもありがとうございます。これからもいろいろとお世話になるでしょうけど、どうぞよろしく。

紫藤 こちらこそ。

米長 今日は長い間、お疲れ様でした。また、秋に十段戦か何かでお邪魔できるんじゃないかな。

紫藤 お待ちしております。

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紫藤邦子さんはなんと魅力的な会話をされる方なのだろう、と感じ続けながらこの対談の文章を打っていたので、5500文字を打ち込み終えるまでの時間が短く感じられた。

紫藤邦子さんは宮崎駿監督の従兄妹で、映画「千と千尋の神隠し」の「湯婆婆」のモデルとなったとも言われており、現在は、神奈川県秦野市のアトリエ山桃の館長をされている。

タイトル戦は、このような女将さんたちにも支えられている。

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「陣屋」女将、紫藤邦子さんのエッセイ(1991年)

 

 

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