森内俊之新八段(当時)インタビュー

森内俊之名人がA級に上がった時(1995年)のインタビュー。

近代将棋1995年6月号、「棋士インタビュー 森内俊之八段 もっと強く」より。

 森内さんはインタビュー嫌いと聞いていましたが、どうしてですか。

「今はそうでもなくなりましたが、いろいろしゃべって口だけと思われるより、盤上で表現してゆきたいんです」

 森内さんはゲーム好きと聞きましたが今までどんなものをやりましたか。

「ええ、いろいろやりました。麻雀、モノポリー、クイズ、トランプ類など・・・」

 凄いですね。ひとつひとつ聞きましょう(笑い)。麻雀はどのくらい。

「やるときはけっこう長い時間、あまりレートは高くしません。最近は徹夜はキツイのでやりませんね」

 モノポリーは?

「あれは才能ないみたいです。たとえば商談して取引するような場面だと、相場より高く買ってしまう(笑い)とか」

 商売には向いてないようですね。ゲームも自分を分かるためにはいいですね。

「そうですね。クイズのサークルにも入っていて、皆で問題を出しっこするんですが、将棋の問題で私が知らないのがいくつかありましたよ(笑い)」

 えっ。森内さんが知らないって。たとえば・・・。

「ハッキリ覚えていませんが、江戸時代の家元の問題とか」

 ああ、聞いたことがありますね。第◯代大橋宗桂の父は誰かとか、まるで意味ないような問題じゃないですか(笑い)。

「そのようなものです。会には、テレビのクイズ番組で優勝した人もいました」

 トランプは。

「大貧民、ナポレオンに似ている5人カン(青森で流行)とか。ふつうの人の一生分やりました(笑い)」

 なんでも集中してやるんですね。最近はチェスもやってらっしゃるとか。将棋にとってためになりますか。

「チェスは将棋に近いので、あまり凝るとためにならないような気もします。対局中に、ナイト8八方桂)が飛んでくるような気がしたり(笑い)。よく考えたら桂馬だからありえないんですが」

 ええっ。本当ですか。森内さんてもっと真面目な人かと思っていましたけど。

「真面目ですよ(笑い)。将棋は負けると落ち込みますけど、ほかのゲームは負けてもそれほどじゃないんで、気分転換にはいいですね」

 なるほど。ゲームのうまい活用法ですね。ゲームに溺れずゲームを使う感じですね。奨励会のころと違って、やたらに将棋を指す機会が少ないでしょうから、ある程度ゲームで潤いを与えていると。将棋を一番指したのはいつごろでした。

「14~15歳ですか、中3から高1にかけてのころ。奨励会で言うと初段から三段くらいですね。10分切れ負け、30分切れ負けでめちゃめちゃ指しました。相手は佐藤、郷田、先崎というあたりです」

 直感力を養うにはいいでしょうね。詰将棋もそうとうやったんでしょう。

「詰将棋はあまりやった記憶がないんです。将棋図巧の50%くらいはやったかなあ。あの、竜の追い回しとか、ああいうの性分に合わないんです。そう実戦とあまりかけ離れているのは興味が湧かないんです。それから実戦でも詰まして勝つのは少ないじゃないですか。奨励会のときに、ボクが穴熊で鉄壁、それなのに無理して詰めに行って負けた将棋があったんです。一手で必至なのにやらないで詰めに行って失敗した。秒読み以外では、読み切れないときは詰ましにいかないようにしています」

 それ一局だけ。凄いなあ。

「ほかに勝ちがあれば無理する必要ないですから」

 居飛車が多いようですが、振り飛車は嫌いなんですか。

「嫌いではなく、苦手なんです。あれはかなり感覚的なものでしょ。読むというより感覚で、とりあえず歩を突き捨てるとか・・・。ボクは感覚悪いんで第一感で見えないんです。パッと指せないんです」

 自分の将棋は変わってきてますか。

「ちょっと前までは序盤を重視しすぎて勝負への執着心が薄れてしまった。これは危ない現状なので直したい」

 将棋は終盤で決まるケースが多いゲームですものね。

「そうなんですね。どんな将棋でも諦めさえしなければチャンスがあるので、気持ちをしっかり持たないといけない」

 羽生さんの将棋をどう思いますか。

「中盤の駒がぶつかってからの数手が違う。本筋を見極めている。たとえば有力な手ABCがあるとします。その中の本筋をつかむのが早いし、判断がいいんです。ボクらが悩むところをサッと行くからスピードが違う。行までの将棋史上、最高のレベルと言っていいでしょう」

 羽生さんを抜くのはたいへんですか。

「今の状態だとたいへん。大分差がついている。うーん、どのくらいと言われても・・・2ヵ月や3ヵ月でどうにかなるもんじゃない。うんと勉強しないと」

 森内さんは稽古はやるんですか。

「以前は会社の将棋部に行っていましたけど、景気が悪くなってなくなりました(笑い)。ええ、今はありません」

 今の順位戦について。

「制度の問題はもちろんありますが、現状では思想の低い手でも指さざるえない。技術の向上と相反すること。ですから順位戦で昇級するのと、タイトルを獲るのは180度違うことなんです。これからは羽生さんに通用する将棋でないと。追いつく技術を身に付けていかないとダメですね」

 勝つための将棋だけではいけないという意味をもう少し。

「自分のやりたい手ってあるでしょ。ここでこうやったらどうなるかって言う興味が。でも順位戦だからと冒険を避けて勝つ確率が高い手を指す。これからはあえて指したい手を指してそれで潰れちゃうこともあるかもしれない。たとえばやりたい手が、自玉付近で戦いを起こす手だとすると危険ですよね。でも損かもあいれないがチャンスなら行くというような姿勢を持ちたい」

 もっと若いときにそういう手を指し、A級くらいになったら手堅く行くのかと思っていましたけど。

「最近また勝負は終盤だと思うようになりました。序中盤はあまり勝負に影響ないと思うようになって、序盤思い切っていけるようになりました」

 タイトル戦はまだ登場していないですが、ぜひ出てみたいとか・・・。

「いや、今はタイトル戦に出ても勝てる形じゃないですから、今のままじゃ取れない」

 だってA級に上がったんだし・・・。

「昇級したから強くなったとは思えないんです。強くなったかどうかは指した感じでしか分からない。ちょっと強い人と指すと分かります」

 森内さんより強い人というと、やはり羽生さんの名前が出てきますね。

「最近の2局とも負けています。あんな将棋じゃタイトル戦なんてとても。たまたま出られるとしても、獲る可能性がなければ意味ないですから。あの2局も羽生さんに申し訳ないような・・・」

 どうしてですか。

「自分から暴走したようなひどい将棋ではなく、もっと内容のある将棋を指さないと。せっかく指すのに申し訳ない」

 なるほど、羽生さんのほうにもためになるような将棋ですね。それではどうすればいいんですか。

「しばらくは、力をつけたいですね」

 今は、羽生さんに勝てる人はいないですか。

「それはみんなが考えているところじゃないですか。指すときは対等な気持ちでやっていますけど、羽生さんとはやっぱり本場所でやりたいですね」

 天下を狙う棋士の前に立ちはだかるのが、羽生六冠だ。避けては通れない道である。かつては一緒の研究会で羽生の強さを実感しているだけに、森内八段の思いはもっと強くなりたい・・・。近く、同じ志の若手と特訓のためんぽ合宿を張るという。A級八段昇格で浮かれるなんて気持ちは微塵も感じさせない。

「ボクはまだまだ伸びると思いますので今年はいっそう勉強したいです」

 将棋への真っすぐな気持ちがびんびん伝わってくる。大柄な体に太い眉から受ける剛直な印象があったが、柔らかい頭脳と優しい情感を合わせ持っている。裏表のない真っすぐな性格や、将棋へのひた向きな思いは将棋ファン拡大に一役買うことだろう。

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森内俊之八段(当時)の羽生善治六冠(当時)に対する思い。

森内八段が20世紀中、力を貯めに貯めていたことが分かる。

そして、2002年の名人戦(対丸山忠久名人)で花開く。

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森内俊之名人-羽生善治三冠のタイトル戦での戦績は次の通り。(森内名人から見た勝敗)

1996年 名人戦 1-4

1999年 棋王戦 1-3

2003年 名人戦 0-4

2003年 竜王戦 4-0

2003年 王将戦 4-2

2004年 名人戦 4-2

2004年 棋聖戦 1-3  

2004年 王将戦 0-4

2005年 名人戦 4-3

2005年 棋王戦 3-1

2008年 名人戦 2-4

2011年 名人戦 4-3

2012年 名人戦 4-2

タイトル戦での勝ち負けは森内名人の7勝6敗。勝敗数では32勝35敗。

21世紀だけで見ると7勝4敗(30勝28敗)。

「ボクはまだまだ伸びますので」という言葉が、結果として表れている。

時期的には、2002年に結婚をして、加速度がついた形にもなっている。

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「14~15歳ですか、中3から高1にかけてのころ。奨励会で言うと初段から三段くらいですね。10分切れ負け、30分切れ負けでめちゃめちゃ指しました。相手は佐藤、郷田、先崎というあたりです」

このようなところに、羽生世代の盤石の強みの根源があるのだと思う。

どの世代にも真似ができないことだ。