森内流・佐藤流・郷田流、三者三様の読み

近代将棋1993年12月号、兼井千澄さんの「昼の詰将棋」より。

 若手プロの読みはどのくらいすごいのか?詰将棋的尺度でしか計れないが、解説子の数少ない経験から言わせてもらえば、やはり相当なものだと思われるのだ。

 野球部の合宿で、森内俊之五段(当時)らと風呂に入っていたときのことだ。「詰将棋はないですか」としつこく聞くもんだから、未発表の自作を配置で読み上げた。数分後、頭を洗いながら彼は「29手ですか?」ときた。その作品は未だに発表していない。

 出張で郷田真隆五段と一緒になったときのこと。やはりせがまれたので、今度は既発表作でお茶を濁した。延々と長考に沈んでいるので、得意になって尋ねたら「危ない筋があるので考えているんです」と返事。そしてまた長考に。ディープだ・・・。

 佐藤康光七段とゴルフの練習に行ったときのこと。昼飯を注文して手持ち無沙汰だった合い間に、来月出題分のゲラを取り出して眺めていた。10数分経っただろうか。図面を逆さからのぞき込んでいた彼は「7番は結構難しいですね」のひと言。全部解き終わっているのだ。こちらはまだ6番を考えていた。

 なお、羽生竜王については未確認である。

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20代前半の頃の、森内俊之名人、佐藤康光九段、郷田真隆九段、それぞれの風景。

やはり、棋士は、詰将棋作家が目の前にいると、詰将棋を出題してほしいという本能がはたらくのかもしれない。

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湯舟に入っている時に森内五段(当時)が「詰将棋はないですか?」と聞いたのだろう。

森内名人の五段当時は、ゴルゴ13役の高倉健さんのような髪型をしていたので、頭を洗うのも簡単だったと思う。

それにしても風呂場で詰将棋を解くとは、私だったら絶対にのぼせてしまう。

なおかつ、野球が終わった後という非日常。

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郷田五段(当時)の場合は、きっと新幹線の中で「詰将棋はないですか?」だったのだろう。

移動中の列車の中での詰将棋は、ポピュラーな光景だ。

今回の三例の中では、最も日常感に溢れている。

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佐藤康光七段(当時)のゴルフ練習時のレストランでの詰将棋。

ごくごく日常の光景にも見えるが、よくよく考えてみると、

食事注文後の会話の後、

佐藤七段が席をはずした→兼井さんが近代将棋詰将棋欄のゲラを取り出して眺め始める→佐藤七段が戻ってくる→兼井さんがゲラを眺め続ける→佐藤七段もゲラを逆さから眺め続けること10数分→「7番は結構難しいですね」

としても、二人の間には10数分間、会話がなかったことになる。

二人の間では分かり合っていても、周りの人から見たら不可解な二人組に映ったことだろう。

すでに非日常だ。

それ以前に、ゴルフ練習場にまでゲラを持ってくる兼井さんの詰将棋に対する熱意がすごい。