中田功五段(当時)「飛車は切るため。なくてもいいんですよ。だからぼくは角落ちがダメ。飛車落ちは大好き」

近代将棋1993年7月号、棋士インタビュー 中田功五段の巻 バツ1からの昇級」より。

 前期の順位戦で中田はいきなり2連敗の出だしだった。刺青(降級点)もひとつ入っている。ふつうならここで諦め、調子まで下り坂になるだろう。しかもこのクラスは2敗では上がれない時もある。このあたりの心境を聞いてみようと思った。この日の中田は昇級者のみが参加できるエリート棋戦・IBM杯」に出場中で対局が終わるのを待っていた。相手は同じクラスの俊英H四段だったが、終盤、玉頭の戦いを制して勝ち切った。

 近くのお店で激戦で乾いた喉を、生ビールで湿してからインタビューを開始。

 前期の順位戦ではじめひどいスタートでしたね。

「ええ。やっぱり、2連敗して、結果的には開き直ったのが良かったみたい。それにぼくは順位戦のスタートよくないんです。新四段の年だけです。2連勝の出だしは。その前の年も1勝2敗から7連勝しているんです」

 いわば慣れている。

「いや、でも辛いです。最初に負けるとあとが緊張しますから」

 その緊張感がかえってよかったとか。ところで一回(昭和63年)降級点を取っていますけど、自分ではなにが原因だとおもっていますか。

「・・・ええ。気持ちがしっかりしていなかったんでしょ。強くなかったというか」

 若い人だと不安感というのはあまりないですか。

「ぼくは上へ上がるつもりでしたから、上がれば関係ないですから・・・」

 注文の定食を食べながら答える。連盟一のノッポで痩せだが、けっこう食べるので興味深そうに見ていると。

「いつもは全然食欲ないんです。一日食べない日もあります」

 疲れて眠そうな表情が見えたので聞くと・・・。

「ええ、あまり寝ていないんです。いやいや将棋のためじゃなくてですが・・・。もっと若い時は将棋に勝ちたい勝ちたいで神経が高ぶって眠れないことがよくありましたが、麻雀ですか。あれはけっこう寝なくともやれるみたいですね」

 こんなに細い体でよく将棋指しになったもんだ。見た目よりスタミナはあるようだ。入門したころはどんな生活だったのかな。

「近代将棋社(世田谷)の1階が空いていたので大山先生のお世話で置いてもらうことにしました。おばあちゃん(永井社長のご母堂)と二人暮らしで、中学へ通っていました。しょっちゅう、おばあちゃんと喧嘩しましてね・・・」

 中学生じゃ実の家族だって喧嘩が多いのだからこれは仕方がない。でも人にもまれることが最大の勉強だから貴重な体験であっただろう・

 ところで高校へは行かなかったのですか?

「もう、朝起きれないものですから・・・。中学の時もそれが辛くて」

 低血圧なのかな。

「そうみたいです。それで中学も満足に行ってなくて。でもお情けで卒業させてもらいました」

 大山先生には将棋を教えてもらいましたか・

「はい。4局指していただきました。それが面白いことに香落ち二番と飛香落ち二番なんですが・・・。奨励会に入ってすぐに香落ちを指してもらいました。これ、二番とも勝たせてもらいました。ええ、嬉しさというより驚きました。6級でしたから上の人とは全部香落ちでしたが、先生に勝てるなんて思いませんから。自信を付けさせて下さったんですね」

 大山名人くらい負け方のうまい人はいないかもしれない。有名人との誌上対局では、ほとんど負けるつもりで指していた。勝った人は一生そのことを自慢するだろう。そのことが普及に役に立つという読みなのだ。でもお弟子さんにまで勝たせてあげていたとは。

「でも、そのあとしばらくして飛香落ちを指して、それは2連敗しました。ええ、そちらは実力どおりでした」

 中田はポーカーフェイスと書かれたりするが、意識的ではない。表情があまり動かないタイプなのだ。その中田にとっても師匠の死はあまりにショックだったようだ。

「ええ、まったく。先生が亡くなるなんて考えたこともありませんでしたから」

 でもガン再発とは聞いていたんでしょう。

「まあ、聞いていましたけど。また今度も良くなってくるもんだと。それしか頭にありません。ほんとに驚きました」

 順位戦の話に戻りますが、2連敗したあと8連勝して昇級したわけですが、師匠の死がなにか原因になっていますか。

「・・・。気持ちはかわりましたね。自分ではとくに変わったことはしていないつもりですが。気持ちを新たにしたことは確かです」

 ことば少なというか、表現があまり派手ではないしゃべりなので、注意して聞いていないと重大なことでもうっかり過ぎてしまう。中田が気持ちを新たにしたというのは、のんき者の彼にとっては一大転機であったろう。よしやろう、と決意することは将棋を優先させる生活になることだ。プロ棋士なら当たり前と思う人は、自分の仕事がなにより優先させているかどうか考えると理解できよう。

 順位戦では先崎、深浦、真田といったライバルを連破しましたね。相手を研究するんですか。

「ふだんはあまりやりません。三間飛車ばかりですから。・・・多少はやりますね。先崎には勝ちたいとおもいました」

 どういうわけで。

「米長邸での研究会では一番よく指したんですよ。だから負けたくない」

 彼は仲間なんでしょ。そういう人と当たるのはどうですか。

「仲間・・・、割り切っています。なんともないです。ぼくの仲間はいい人ばかり。ぼくはひとつだけ自分で、ウソをつかないって決めているんですが、仲間には一度もウソを言われたことがないんです」

 自分の将棋をどう思っている。

「いんちき将棋。でもぼくらしい将棋指したい。自分のペースで好きな手を指したい」

 好きな手というと。

「攻防、両方兼ねた手。そういう手を指せるととてもいいです。終盤は一直線に攻め合い、なるべく王手がかからない形にするのが好きです。いっぱい駒を渡しても詰まない形をいつも目指している」

 振り飛車ばかりということですが、どこが好きなのかな。

「振り飛車党は王様が好きなんじゃないですか。美濃囲いはそういう意味でも合う。それから角が好き。角筋を生かすために指すようなところがある」

 振り飛車党は飛車が好きなわけじゃないんですか。

「飛車は切るため。なくてもいいんですよ。だからぼくは角落ちがダメ。飛車落ちは大好き。飛車落ちは勝つ人にでも角落ちを負けたり・・・」

 稽古はときどきやるの。

「はい。あまり得意じゃない。稽古でも本気で勝っちゃう。お世辞、ウソは言わない。それから人をだます、自分を正当化するのが嫌いです。どうせなら開き直っちゃうほうです」

 人の好き嫌いがあるほう。

「いや、ないです。誰でも好きになっちゃう。嫌いな人、少ないです」

 男女の別なく?

「はい。といっても女性と会うことは少ないですから」

 じゃあ、結婚はまだ考えない。

「結婚・・・わかんない。・・・当分しないでしょうね」

 楽しみというと・・・。

「連盟の野球部に入っています」

 よくその体でやりますね。全力疾走は出来ますか(笑い)。

「いや、一塁までやっと(笑い)。うちのチームは練習なしのいきなり実戦ですから、守備なんか凄い(笑い)」

 ライトだって聞きましたがバックホームなんか届きますか。

「ええまあ。途中でなんかいか中継して・・・」

 楽しくやって終わったらビールがうまいという感じかな。

「ええ。仲間が皆いい人ですから」

 最後に今後の目標は?

「いや、もうひとつ自信がないんです。B2、B1とクラスがありますが、はっきり目標なんて・・・。ま、一局一局、自分の将棋を、指してゆくしかないです。

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今日のNHK杯戦は中田功七段-阿久津主税七段戦。

解説は浦野真彦八段。

先手後手関係なく、中田功七段の三間飛車となることが予想される。

中田功七段の振り飛車は、上記インタビューにもあった通り、飛車を惜しげもなく切る(捨てる)のが特徴であり、魅力ともなっている。

「飛車をここまでドラスティックに捨てるなんて・・・」と驚くような将棋をぜひ見てみたい。

「あれはね、ここ三年間、私の見た将棋のなかでいちばんいい手だよ」と語られた一手

中田功七段らしさ

中田功奨励会員の下宿