戻るに戻れぬ対局室

将棋世界1992年7月号、神吉宏充五段(当時)の「対局室25時 大阪」より。

王座戦本戦準々決勝、桐山清澄九段-石田和雄九段戦でのこと。

 午後3時の棋士室。上で対局中の桐山九段が降りてきた。自分の手番で指して、下のモニターにはその将棋が映っているから、相手が指せばわかる。持ち時間も長いし、ちょっと気分転換に降りてきた様子。

 何をするとはなしにぼんやりとしている。

 モニターの手前には石田九段の頭が見え隠れしている。体を上下に揺すって考えているのがわかる。しかし・・・しばらくするとその姿が消えた。

 こんな時は隣の将棋を見ているか、手洗いに立つぐらいのもの。私はモニターから目をそらしたが、桐山が急に「おいおい」と叫んだ。画面に石田九段が現れたのだ。

 それだけでは驚くはずはないのだが、何とその登場した石田九段は、自分の座っている場所ではなく、桐山九段の座布団の上に座っていたのであった。これは誰でも驚く。

 そして相変わらず桐山九段の席で体を揺すって、頭が見え隠れしている。

 「局面に没頭するあまり、モニターに映っているのに気がついてはらへんのとちゃいますか」と私。しかし・・・形勢判断をするのに敵陣から見てみたい気はするが、相手の席に座ってまで見ているなんて、石田先生ならではのパフォーマンスやなあと思ったが、再び桐山九段が叫んだ。「ああ!」

 「今度は私の駒さわりだしたで。ほらほら、駒台の上・・・あ、盤面も一枚一枚置き直してはるわ。並べ方が悪かったんやろか」

 見ていてふと疑問が湧く。「これで石田先生が、桐山先生の駒動かして指したらどないなるんですかね」

 「ど、どないなるんやろ」と桐山。

 その答え(?)をあっさり言ってのけたのが阿部だった。

 「そんなん、桐山先生の反則負けでしょう」

 「ほ、ほんまかいな」と青ざめる桐山だが、今戻ると自分の席に石田が座っている。「そこは私の席・・・」と抗議しても代わってもらえなかったらどうしよう。戻るに戻れない桐山九段であった。

(以下略)

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石田和雄九段ならではの盤上没我の世界。

桐山清澄九段の駒を一つ一つ置き直している姿がとても印象的だ。

それに対する桐山九段の「並べ方が悪かったんやろか」も絶妙。

この対局は、桐山九段が勝っている。

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将棋世界1992年3月号、鈴木輝彦七段(当時)の「対局室25時 東京」より。

 一回りして記者室に顔を出すと佐藤康光君と対局している石田さんが、いつものように寝ころんでいた。

 「本業で稼がねばいかん」なんて言っている。誰かが800円近く下がったダウの事を話したのだ。

 石田さんは本当に職人気質の人で、まさしく”盤上没我”と自分で書く通りになる。

 昼休みには相手の座布団に座って考えている。ついでに灰皿も使う訳だが、それがイヤミにならない。これが許されるのは人徳がある石田さんだけだと思う。

 庶民的で格好をつけたりしない。これがファンにとってもたまらない魅力なのだろう。

 ある時、NHKの対局で煙草に火を点けようとしていた。普通なら、ダンヒルとかデュポン等でスパッと点けるのだろうが、手にしたのは百円ライターで、しかもガスが切れているのか点かない。何度か挑戦していた姿が石田さんらしくて可笑しかった。

 対局中も「弱い人がいなくなっちゃった」とボヤきまくっていたが、両者一分将棋の末に負かしてしまった。

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ライターが点かないのにも味がある石田九段。

対局前の控え室では吸えていたのか、あるいは控え室でもライターが既に点かなかったのか、興味深いところだ。

      

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