中平邦彦「ノーサイドに涙は要らない」

中平邦彦さんの名文。

将棋世界1993年3月号、中平邦彦さんの竜王戦雑感「ノーサイドに涙は要らない」より。

 「終わった」と誰かが叫び、みんな一斉に対局室に入っていった。

 真っ先に、谷川の顔が見えた。少し疲れて、どこか照れたような、不思議な表情をしていた。ああ、やっと終わったといった顔にも見えた。額のあたりが少し赤く、髪の毛は汗で湿っているようだった。

 悲しいという表現は当たらない。どこかで敗戦をわかっていたような虚脱感が全身に漂っていて、それが激闘のすさまじさを雄弁に物語っていた。敗者は美しい。

 羽生の顔は桜色になっていた。モニターテレビでは決してわからない上気のさま。対局中に見せていた鋭い肩の線が崩れ、羽生もまた、うれしさという実感よりも、ああ、終わったんだという思いを全身に漂わせていた。

 あのときはどうだったのだろう。

 2年前、羽生が竜王を谷川に取られたときだ。あのとき、私は夜の街に出て一人で乾杯をしていたから知らない。乾杯は谷川に対してと同時に、羽生にもあげていた。

 羽生は負けてよかったのだ。あの敗戦があったからこそ、今度の奪回があり、今の羽生がある。あの試練を乗り越えたからこそ、また一回り強くなって谷川の前に現れた。あのとき勝っていたら、羽生の三冠、頂上(サミット)への参加はもう少し先に延びていたと思う。

   

 谷川と羽生。三冠と二冠の対決。それも、竜王をかけて激突した今回の七番勝負は、実に見応えがあった。

 一局ごとに、ハッとする手や、えっと驚く強襲があった。例えば第6局の寄せ合い。▲4五歩の銀取りに構わず(取られたら次に金に当たり、その次に玉の横の金当たりになるきつさ)ぐいと△6九馬と入った谷川の光速流など、まさにギリギリのすごみがあった。

 「すさまじいなあ。立ったままで殴り合っているボクシングみたいだ」

 と知人の将棋ファンが言った。ひるんだ方が負け、という将棋は、ファンを堪能させた。

 なんであんなにきつく、ぎりぎりのすごいことができるのか。内藤九段と話していて、たずねてみたら、九段は明快に言った。

 「そりゃあ、生活がかかっていないからや。その日の暮らしがかかっていたら、攻めたら勝つとわかってても、ぎりぎりまでは踏み込まない。負けない手を選ぶ。昔の棋士はそうだった」

 それならば、何をして彼らをきつい勝負にかり立てるのか。豊かな時代の今の若者の多くは、豊かさに恵まれすぎてか、人生の目標すら定まらず漂っている。豊かさの中で戦うことはむずかしく思える。

 谷川と羽生の戦いは、中原と米長の戦いにみられた精神の問いかけとは趣がちがう。人生観をかけた、闘志と汗のせめぎ合いという雰囲気ではない。

 若い二人のそれは、純粋かつ剛直に、いかに将棋に勝つかの探求にある。冷静で緻密な大局観と、大胆な踏み込みはその辺から出てくるのだろう。

 そんな二人の勝敗の分かれ目は、緻密さと大胆さが少しでも狂った方が負けとなる。狂わせるものは、やはりその人の生活、体調、気力だろう。精密で最高の頭脳同士の激突だが、帰する所はやはり人なのである。

   

 長い感想戦が続いていた。

 ぼんやり聞きながら2年前を思っていた。あのとき谷川は、名人を失い、王位をぎりぎりの所で死守し、返す刀で王座を奪って竜王羽生の前に立った。

 対する羽生は、竜王を取ったあと対局も少なく、何もせずに谷川を迎えた。超人的な過密対局を乗り切り、血刀さげて現れた谷川に対し、羽生は茶屋遊びの扇子をもって迎え撃った。谷川の勝ちは当然だった。

 そして2年。谷川は三冠、羽生は二冠で再度の激突である。わくわくする対決、今後の棋界を左右する大一番であった。

 だが2年前とは逆の立場が、今度の結末に出ていた。谷川は最も得意な終盤で痛いミスを重ねた。谷川らしからぬ乱れであった。本人は言い訳しないが、結婚の忙事に悩まされた。対局数の少なさもあった。対する羽生は、2年前の谷川を思わせる戦いぶりでこの七番勝負を迎えた。羽生の勝利もうなずける。

     

 打ち上げの宴で、谷川はごく自然に羽生にビールを注いだ。二人とも笑い、期せずして拍手が起きた。二人の本当の戦いはこれからだと、二人とも思っている。

 この日、東京では大学ラグビーの決勝があり、法大が劇的な逆転トライで早大を破っていた。6万大観衆の中で選手は泣いていた。勝って泣き、負けて泣けるスポーツと違い、谷川-羽生の静の対決に涙はなかった。

 ノーサイドに涙は要らない。もう次の戦いは始まっている。

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内藤國雄九段が、中平さんと話した時の内容を、更に詳しく解説している。

将棋世界1993年7月号、内藤國雄九段の連載エッセイ「体で指した棋士」より。

 「そりゃあ、生活がかかっていないからや。その日の暮らしがかかっていたら、攻めたら勝つとわかってても、ぎりぎりまでは踏み込まない。負けない手を選ぶ。昔の棋士はそうだった」

 谷川-羽生戦においてなんであんなにきつく、ぎりぎりのすごいことが出来るのか。内藤九段に聞くと「明快に」このように答えた。(本誌3月号「ノーサイドに涙はいらない」より)

 執筆者の中平邦彦氏と竜王戦について話をしたわけだが、この言葉だけでは説明不足の感があるので、今回それについて述べようとしてつい古い思い出に走ってしまった。

 確かに昔は棋戦が今よりうんと少なく、対局だけで生活できるのはほんの一握りの棋士に過ぎなかった。数少ない棋戦に勝ち、なんとか次の対局につなぎたい、そういう必死の思いが込められていたので、対局に震えが生じても不思議ではない。大胆な踏み込みより負けない手に重点がかかるのが自然というものである。

 しかし、生活がかかっていなければ、いまの若手に負けないでやれると私は言いたかったのかというと、そうではない。「今のほうがレベルは上がっている。しかし昔の棋士にはそういうマイナスの一面があった」そう加えれば、正確に私の考えを述べたことになる。

(以下略)

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”超人的な過密対局を乗り切り、血刀さげて現れた谷川に対し、羽生は茶屋遊びの扇子をもって迎え撃った。谷川の勝ちは当然だった”という表現があまりにも鮮やか、かつ大胆。

極めて印象に残るフレーズだ。

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ところで、血刀に対して扇子でもって対抗していたのが、映画「旗本退屈男」の早乙女主水之介。故・市川右太衛門(北大路欣也さんのお父さん)が演じていた。

テレビの映画番組でしか見たことはないが、襲ってきた悪漢たちが振り下ろした刀を扇子で受け止める。

しばらくは扇子で相手をなぎ倒し、ここぞという時に刀を抜く。

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昨日のA級順位戦最終局一斉対局の結果は次の通り。

行方尚史八段-屋敷伸之九段 20時59分 73手で行方八段の勝ち

郷田真隆九段-羽生善治三冠 23時18分、118手で羽生三冠の勝ち

深浦康市九段-谷川浩司九段 23時36分 132手で谷川九段の勝ち

佐藤康光九段-渡辺明二冠 23時38分、105手で佐藤九段の勝ち

三浦弘行九段-久保利明九段 2:00 271手で三浦九段の勝ち

羽生三冠が名人挑戦、谷川九段と屋敷九段が降級ということになった。

最終局翌日の今日のような日にこそ、中平さんの文章がふさわしいのだろう。

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三浦弘行九段-久保利明九段戦は歴史に残るような大激闘。

朝日新聞将棋取材班の方はtwitterで、

・感想戦は午前3時7分まで続けられた

・感想戦を終えた三浦九段が記者室を訪れ、他の対局の棋譜並べを始めた

・271手は、ここ四半世紀のA級順位戦では最長

と書いている。

将棋A級順位戦 最終9回戦ダイジェスト(朝日新聞デジタル)

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私は昨晩は22:30頃寝落ちしてしまったようで、目が覚めたのが2:30。

寝落ちした以降の順位戦の中継を5局分見たら、興奮と感動で眠れなくなってしまった。

暁の時刻、私の頭の中を駆け巡ったのが坂本龍一さんが作った「カクトウギのテーマ」。

郷田九段も大好きな曲だ。