森内俊之五段(当時)が語る森下卓六段(当時)の将棋の真髄。
将棋世界1992年1月号、森内俊之五段の第22回新人王戦第2局〔森内俊之五段-森下卓六段〕自戦記「異次元の将棋」より。
新人王戦の相手に森下六段が決まって、この作戦をたてた。序盤巧者の森下六段が相手では普通に指しても作戦勝ちをするのは難しいと思い、それなら自分の将棋を指そうと決めての採用であった。
実は第1局が終わった時点で10月15日堀口戦、18日谷川戦、31日森下戦、11月5日佐藤(康)戦と4局先手番が確定している将棋があったので、この将棋を指し続けて自分なりの結論をだそうと思っていたのだが、堀口戦では変化されたため、谷川戦でも指す気がなくなり、半年ぶりにこの型を指す事になった。
31手目の▲5八飛(1図)までは100%こうなると思った。そこで△4三金右、△4三金左、△5五歩と三通りの指し方があるが、森下六段の棋風から考えておそらく△4三金左だと思っていた。
ところがいきなり△4三金右と予想がはずれた(実はこの手は佐藤(康)五段が指してくると思っていた。その時は△5五歩だった)。
どうも最近は勘が悪くて困ったものだ。
(中略)
2図の△5二飛には本当に驚いた。私には絶対に指せない一着である。ここまで辛抱されては妥協して▲5五歩と打ちたくなる。
以下は自然な流れで3図へとなった。この局面は後手が先手の主張を全て通したにもかかわらず、先手がおもしろくない局面にしてしまっている。
私の構想力がなかったせいもあるが、この局面になった時に指せると見て、△5二飛と辛抱した森下六段の抜群の大局観が光る局面だ。
(中略)
△2二玉と入られて困った。収めようにも有効な指し手がない。何が動いていくしかないが、後手陣は鉄壁の守りなのに対し、先手は自分の玉頭から動かなければならない。
はじめは▲1五歩△同歩▲6四歩△同金▲6五桂という手を考えたが、△同桂▲同銀右△同金▲同銀と進んでも自信がなかった。
考えれば考えるほど、悪く見えてきた。
3年前の新人王戦決勝第2局で、米長九段が将棋史上に残る一手と言われた、▲9六歩を羽生五段(当時)に指された時と同じような気分だった。
動きたくないのに、何もしていない相手に動かされる事ほど面白くないものはないが、指す手がない時は仕方がない。
▲7五歩と自分の玉頭から動いた。
(中略)
以下は▲1四香などと寄せをもたついたが、何とか寄せ切る事ができた。
いつもならこういった対局が終わった後というのは、興奮しているはずなのだが、この時に限っては何故か結構冷静だった。
その理由がわからなかったのだが、某五段の「ちょっと将棋のルールが違うんじゃないの」という一言によって、その謎が解けた気がした。
見ている人がそう思うのは、将棋の内容を見れば何となくわかる気がするが、私自身も何かが違うと思っていた。
その答えがやっとわかった。それは森下六段の棋風と関係深い。
今まで将棋というのは、どこまで相手の言い分を聞くかが勝負だと思っていたのだが、森下六段の将棋というのは相手の言い分を全て聞き入れる将棋なのだ。
実際に、今回新人王戦で2局戦ってみて、強気だと感じた手は一手もなかった。
私は相手が強気にくれば、より強い手で応戦しようとするし、相手が言い分を聞いてくれれば、妥協してしまう棋風なので、見ていてもやっていても燃える戦いにはならないのだ。
しかし、森下六段の相手に動かせて、自然に指しているうちに指しやすくしてしまうテクニックは、現在の将棋では究極のものだと思ったし、大変勉強になった。
今回新人王戦の決勝で森下六段と2局指せたことは本当によかったと思っている。おかげで、自分にとっての課題がよりはっきりしたような気がしている。
これで4年ぶり2度目の新人王になった訳だが、勢いだけで優勝した前回と比べれば、今回の優勝の方が嬉しかった。この優勝に浮かれず、これからもより努力して強くならなければ、と思っている。
最後に、自分を応援してくれた方達に誌上を借りてお礼を申しあげたい。
どうもありがとうございました。
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”将棋史上に残る一手と言われた▲9六歩”とは、1989年新人王戦三番勝負第2局、羽生善治五段-森内俊之四段戦で羽生五段が指した一手(参考図)。
この緊張極まりない局面で悠然と指された▲9六歩。
羽生流の相手への手渡しだ。
森内四段は、△6五歩▲5七銀△7五歩▲同歩△同銀▲7六歩△6六歩以下攻めるが、最後は羽生五段が勝っている。
「動きたくないのに、何もしていない相手に動かされる事ほど面白くないものはないが、指す手がない時は仕方がない」という森内俊之五段(当時)の感想が、▲9六歩の意味をわかりやすく語ってくれている。
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森下卓六段(当時)の、相手に動かせて、自然に指しているうちに指しやすくしてしまうテクニック。
明日の電王戦、森下卓九段-ツツカナ戦での森下九段の指し回しが楽しみだ。