羽生善治棋王、森下卓七段、先崎学五段の「大山将棋を大いに語ろう」(2)

将棋世界1992年10月号(大山康晴十五世名人追悼号)、羽生善治棋王、森下卓七段、先崎学五段(タイトル、段位は当時)による座談会「大山将棋を大いに語ろう」より。

大雪のプレーオフ

羽生 この年のA級は物凄い激戦になりましたね。星一つの出入りの差で挑戦か陥落でしたから。

森下 6勝4敗で3者プレーオフ。4勝6敗でB1に降級ですものね。

先崎 とにかく、誰もが落ちると思っていた休場明けのA級で、残留を決めた上に名人挑戦を狙うところまで出てきたのには僕だけじゃなくて皆ビックリしたね。だけど、この時の状況は、リーグ半ばで1-4という大ピンチから5連勝して奇跡と言われるプレーオフに持ち込んだ師匠米長に勢いがあった。ちょっと本題からそれちゃうけど、1-4で迎えた米長-有吉戦が凄かった。夕食休憩のときには有吉先生にさばかれちゃって、もうケロケロの将棋になっていた。それを執念と力と根性だけでひっくり返したんだ。それはともかくとして、挑戦者決定の一番は、大山シンパと先生の親戚の人以外は世界中の誰もが米長先生が勝つと思っていた。王将戦と棋王戦でケチョケチョにした後でもあったしね。

森下 それがフタを開けてみたら……。

羽生 まあ、あの将棋は米長先生の作戦がまずかったということに尽きてしまうんですけど、まずかったといってもほんの少し損というくらいのところで、大山先生に思い切った手が出たんですね。

大山将棋語ろう4

先崎 そうそう、角で7筋の歩を切って(4図)。次に△7四飛と回って▲7七歩と打たせることになれば8九の桂がタコスケになるし、7三の銀と5五の銀をぶつけて清算してしまえば……。

森下 そうなればむしろ後手有利になりますよね。先手としては指し手が非常に難しいところです。

先崎 ところが、僅か15分くらいでホイと突いたんだ、▲2五歩と。これは珍しい手だよね。

羽生 ▲2五歩△同歩▲1七桂と自分の玉頭から行くのは、ちょっと見ない筋ですよね。特に大山先生の将棋は、自玉周辺の駒は自分からは崩さないですからね。こういう、大山先生でなくても珍しい手を当の大山先生が指したというところに驚きを感じます。

先崎 ここからがひどいんですよね。僕は、前の日からの大雪で連盟に缶詰になっていた。その時カップヌードルを買いだめしておいた人がいてね。大山-米長戦を見てたら▲1七桂を跳ねた辺りで前の日の寝不足で眠くなっちゃって、それで暫くして起きてテレビの局面をみたら、将棋がグチャグチャになってるんだよね。なんだか、頭がグラグラきてね。もうやけだっていう感じでカップヌードルを4杯食べた。それでお腹こわしちゃってひどい目にあった(笑)。

森下 全く何をやっているのかね。あそこから急に崩れたというのは、▲2五歩から▲1七桂の強手にはさすがに米長先生も動揺したのではないかと思いますよ。ちょっと予想しにくい手ですから。

羽生 大山将棋の勝負術が集約されてる手かもしれませんね。ドロドロした将棋が得意な反面、こうした思い切った手段も断行できる。

先崎 まさに、勝負の呼吸が現れたという感じの手でしたね。

(つづく)

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大山康晴十五世名人の振り飛車は▲3七桂と跳ねないことが多いとは昨日書いたことだが、非常に珍しい▲1七桂跳ね。

大山十五世名人としては珍しい、というのではなく、もっと幅広く珍しい手順。

4図から▲2五歩△同歩▲1七桂以下、△7四飛▲7七歩△2四銀▲2五桂△3五歩▲2六歩△3六歩▲4六角△3四金▲5八飛△4三金▲2四角と進む。

一気に決まるわけではないけれども、後手の玉頭に大きなアヤをつけた形だ。

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カップヌードルを一気に4個食べるのは、なかなか大変なことだと思う。

おにぎりを一度に4個食べるのも、かなり大変だ。

しかし、ハンバーガーなら4個食べられそうな感じがする。

事実、私は若い頃、つまみをほとんど食べずに酒を飲み、午前3時頃にマクドナルドハンバーガーを5個(ハンバーガー、チーズバーガー、フィレオフィッシュなど)買って、家に帰ってから5個を完食したということが2~3回ある。

決して自慢できるような話ではないが。

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「タコスケになる」、機会があったら一度使ってみたい言葉だ。