将棋世界1995年11月号、田村康介四段(当時)の「四段昇段の記」より。
今振り返ってみると最終日の自分は意外と冷めていたような気がする。リーグ戦中盤の急所で三連敗した時、昇段の目がなくなった事を感じたし、「こんな弱い将棋ではプロの資格はない」と自分に対して怒りも感じていた。幸運にも最終日の時点で他力ながら昇段の目がある事さえ不思議に思っていた位だった。結局その開き直りが良かったのかもしれない。ただ、こんな事があった。富山のアマ強豪杉本氏が僕の知人に、「田村君が最終日に一敗でもしたらバットで殴ってやってくれ。だけど二連勝して昇段できなかった時は、これで残念会をしてやってくれ」とウン万円を置いていかれたという。これにはちょっとしびれた。とにかく頑張ろうと思って9月6日を迎えた事を覚えている。
(中略)
「田村さん、ギャンブルとか好きでいつも勝負してるくせに、将棋ではいつも大事な対局を負けますね。ひょっとして気が弱いんじゃないですかぁー」。これは僕がいつも訪れている富山のA君という中一の少年に言われた言葉である。「3年前初めて会った時、まともに目を見て話も出来なかったくせに、お前も生意気なクソガキになったものだ」と言い返したものの、自分の胸に何かグサッときたのを今でも覚えている。これからの将棋人生、『大勝負にはメチャ強い奴』と呼ばれるようになりたいものだ。僕は今、幹事の小林先生が贈って下さった”久し振りの無頼派棋士”という言葉をすごく気に入っている。しかし強くなかったらただの不良と言われるとも思うので将棋は一生懸命指さなければと心している。最後に師匠の大内九段をはじめお世話になった方々に深く感謝いたします。
これからもよろしくお願いいたします。
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「田村君が最終日に一敗でもしたらバットで殴ってやってくれ。だけど二連勝して昇段できなかった時は、これで残念会をしてやってくれ」
こんな格好がよくて愛情が溢れてしびれる言葉は、そうそう見つかるものではない。
田村康介七段は富山県魚津市出身。
ここに出てくる「富山のアマ強豪杉本氏」とは、杉本千聡さんのことであると思われる。
とにかく格好いい。