羽生善治五段(当時)「いやあ、あいさつって結構上がるんだよね」

将棋世界1989年7月号、青島たつひこさん(鈴木宏彦さん)の「駒ゴマスクランブル」より。

 有楽町マリオンの朝日スクエアで森内俊之四段の全日本プロトーナメント優勝表彰式。森下、羽生、佐藤康……。会場にはライバルのチャイルド・ブランドがそろって顔を見せている。30代、40代の棋士の表彰式にはライバル棋士が顔を出すことは珍しい。その点彼らには、強い仲間意識もあるようだ。

「本日はわざわざおいでいただきまして……」

 あいさつに立った森内四段。少し顔色が悪い。

「校長先生とか大山先生の顔を見て、思わず話すことをすっかり忘れてしまいました……」と、あとでその森内。羽生が「いやあ、あいさつって結構上がるんだよね」とか、なぐさめている。

 将棋盤に向かった時は、相手が大山十五世名人だろうが谷川名人だろうが平気の平佐で指す彼らチャイルド・ブランドにも”上がる”という感情はあったのである。

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近代将棋1990年6月号、武者野勝巳五段(当時)の「プロ棋界最前線」より。

 話題はもう一つ羽生竜王。戌年会の同僚・森内四段が、前期の全日本プロを優勝したその表彰式に、卒業したばかりの聖サレジオ学園の校長先生が、お祝いに駈けつけました。聖書から引用した「賞を受ける者は、一人である」という内容の祝辞だったと思いますが、森内君への愛が感じられ、学校としても彼を誇りに思っていることを、棋士として嬉しく思いました。

 そのとき特にそう感じたのは、同年の羽生君が某都立高校を年間80対局という過密スケジュールのため、ついに卒業できなくなってしまったからでしょう。私も奨励会に在籍しながら、県立高校に通いましたが、公立高校はどうも融通がきかないよう。

 順風満帆な羽生君の人生で、ただ一つ残念な出来事だったろうと思っていましたが、最近「都立上野高校の通信制課程を卒業した」との報道を目にしました。竜王戦の最中も、地方での対局を終え帰宅すると、すぐ机に向かうといった努力だったそうで、「よく頑張ってくれました」という両親の言葉がとても印象的。読んでいるうちに思わず涙ぐんでしまいました。本当におめでとう羽生君。

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全日本プロトーナメント優勝表彰式は1989年4月27日に行われている。森内俊之四段が高校を卒業してから間もなくのことだ。

森内九段が卒業したサレジオ学院中学校・高等学校は、カトリック系の中高一貫男子校。(募集は中学からのみ)

1学年160名の規模で、なおかつ6年間在学なので、家族的な校風なのではないかと思われる。

森内四段も嬉しかったことだろう。

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羽生善治名人は1989年に八王子の都立高から都立上野高校通信制に編入し、1990年3月に卒業をしている。

NHK杯戦で優勝を決めた前後に高校を卒業できないことが判明し通信制へ移ることを決意、通信制で勉強をしている間に竜王位を獲得し、そして、きちんと卒業したという展開。

以前も書いたことだが、普通だったらNHK杯戦で初優勝し、それで高校が卒業できないとわかった段階で、もう高校はやめて将棋に専念しようとなるところ。あるいは、竜王戦七番勝負を戦っている間に勉強のことなどどうでもよくなりそうとなるところ。

そこを卒業に向けて勉強を継続したのだから、その気持の持ち方はすごいものがあると思う。

羽生善治五段(当時)の卒業

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佐藤康光九段は、國學院高等学校を卒業している。國學院高等学校は男女共学で1学年550名。

和田あき女流初段が在学中なのも國學院高等学校。

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郷田真隆九段は駿台学園高等学校を卒業している。駿台学園中学校・高等学校は男女共学で、中学で120名、高校で150名の募集。

学校のホームページには、郷田真隆九段が棋王位を獲得した時のことが載っている。

本校OB郷田九段が棋王奪取(2012.3.27 駿台学園中学校・高等学校)

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それにしても、あいさつは難しい。

私も仕事で大勢の人の前で話すとか、仕事の何かのパーティーでスピーチをするとか、経験は何度もあったのだが、6年前の将棋ペンクラブ大賞贈呈式で受賞者の立場であいさつをする時はかなり上がったし、話にもまとまりがなかった。

組織人として仕事で話をする時は全く平気だったのに、一個人の立場で話をすると急にそうでもなくなる、ということに気がついた一日でもあった。

 

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