野獣流「対局時の食事の急所」

このような非常に貴重な文献があったことを最近になって知る。

近代将棋2002年7月号、泉正樹七段(当時)の連載講座「野獣猛進流 囲いの攻略法」より。

食事の注文

 猛進君だけかもしれませんが、対局中、意外に悩むのが昼休と夕休の食事。

 外のランチや定食を食べに行くべきか、塾生君に出前の注文をお願いするか、正直いって一局の勝敗を左右しかねない事柄?なので野獣は常に最善の着手と細心の注意を払っています。

 朝食はほとんどとらない生活なので昼食はド急所。ただこれで本当に何を食べようか迷ってしまうのは禁物、往々にして指し手の方も迷ってしまうからです。

 休憩時間の50分は外食すると混雑するのでけっこうあわただしい。

 それゆえ出前を注文する人が圧倒的に多く、食事部屋は時に学校や収容所のような集団共存場の空気を造ります。

 10畳のスペースに多いときは20人ぐらいが並んで食べるので、とてもゆったり気分では味わえない。手狭な面を考慮して若手棋士の遠慮がちな人達は足早に外に散っていく。猛進君も20代のころは必ず外にいったものだが、やはり40代に突入した今はなにやら足が重い。出不精では益々若さの減退につながるし、盤上での勇気もとぼしくなる。今期は積極的に外に足を運ぼうっと。

 出前の第1位にドッカと腰をすえているのは「ほそじまや」という日本そば屋さん。

 注文が集中する理由は種類の豊富さで、そば、うどん、どんぶりと3品目あるので変幻自在。平均あっさりしているものが対局中には好まれる(20代は油ぎったものでもへっちゃら?)のは胃腸君達への気づかいから。対局中に胃君がキュンキュン、腸君もゴロゴロ鳴っていたのでは戦闘体制に影響。

胃の消化を考慮にいれたいときは、「とろろそば」や「冷やしたぬきそば」に着手が集まるのが妥当なところです。

 我が師(関根茂九段)は断固「とろろそば!」

 胃の状態に全く問題なしなら「ナベ焼きうどん」や「力うどん」または「カレーうどん」といった汁を吸いまくる重厚物に心が動きますが、ついつい手拍子で半ライスんかを付けつのは疑問、食後2時間ぐらいは睡魔との格闘になるからです。

 ちなみに「ナベ焼きうどん」をよく食べているのは本誌で”実戦青野塾”を5年以上も連載していた青野九段で、A級を張る原動力に一役買っているのかもしれませんネ。

「力うどん」は多数いて、おもちのネバリが中々、終盤で利いてくれれば大助かり。勝率アップものぞめます。鈴木輝七段は昼食は力うどんと決めているようで、兄弟子の青野先生と比べられて分相応をわきまえているのかも。

 ところで鈴木先生は本当に本物のプロのマジシャンで話術巧みにビックリ仰天のマジックを生で何度も見せてもらっています。おもちの数の一つや二つ簡単に増やせるはずです。

 野獣は子供のころからカレー好きなので、「カレーうどん」はひんぱんに食べます。時間をおいたカレーうどんはできたてより実はうまさが倍増していて、特に30分位たったやつはうどんがのびきっているので、カレーがしこたまカラミつき自然と一滴残らずたいらげることができます。

 ただ、カレーうどんを食べているときは絶対に会話は禁物。なぜなら、よそ見などしていると、うどんについたカレーが「オレ様をみくびんなよ」とばかりに四方八方に飛び散り、ネクタイやワイシャツに容赦なく”シミシミ”にするからで、そんなことになっては対局室がカレー臭くなっていけません。

「カレーうどん」を食べるときは盤面に接しているとき以上に集中力を高めて黙々とやっつけなければいけないと猛進君は肝に銘じています。

 ドンブリもので根強い人気を誇るのは親子丼で百年近いライバル関係にあるカツ丼、天丼はなぜか人気薄。昔はやった「カツ丼くって勝負にも勝つ」なんてのは今ははやらないのかもしれません。

 ちなみに親子丼の上を注文(夕食限定)するのは谷川九段です。なにも親子丼の上じゃなくても”光速の寄せ”は出るのでしょうが、なんとなく良質の鳥と玉子が合体したパワーが、光速の秘密を解くカギのような気がしてなりませんネ。

 日本そばの伝統を継ぐ、天ぷらそば、カモ南そば、玉子とじうどん、おかめうどんなどは、10人いれば必ず1人は食べているのでベストテンの10位以内をたえずキープしているロングセラー物。

 意表をついてベスト10にランクインされているのは、中華そば、むじなそば、カレーライスといったところ。中華そばは速い話がラーメンですが、おそばやよろしく魚系の和風ダシがうまさの決め手。

 真部八段、大島七段が1、2位を争いますが、レンゲなしのため必然的に器を持ち上げてスープを飲みほすことになります。両先生とも、それは本当にうまそうにススルので、「いけねェ!その手があったか」風に引き寄せられ次回の注文が決定します。

 むじなそばというのは、塾生係をひと月に半分ぐらいこなしている田中誠君によると、人気上昇中らしく「もうすぐ第1位に躍り出るかもしれません」などと分析している。”むじな”とか油あげとあげ玉が入っていて要するに、きつねとたぬきをいっしょにしたもの。

 そう、これはですネ、”きつねうどん”を食べていて、ふと、正面の人を見ると”たぬきそば”をおいしそうにハシにからませている。そのそばになじんだ”あげ玉”が人目を引きつけるんですネ。

 逆のケースもまたあるわけでして。そんじゃあ、どうせ兄弟なんだからいっしょにしちまえ!てな具合に少々乱暴なおそば屋さんがいたのでしょうか。こうしてめでたくむじなそばが誕生したというお話。もちろん真相は定かではありません。あしからず。

 カレーライスは「これが昔食べていたカレーの味だナー」と感じさせる”おふくろの味”的カレー。本場のインドカレーは水気が多くてカレースープみたいで野獣には不満。やっぱりカレーたるもの、コッテリとろとろしているべきで、それでなきゃカレーを食べた気がしないと思うのは猛進君だけでしょうか。

 子供のころからのカレーファンは棋士にも多く、郷田棋聖、高橋九段などがよくほおばり、かっこんでいます。

 ところで、まずいことにすでに半分行数が達してしまいました。こういう話は来月にまわすと忘れてしまいやすいので講座の中で堂々と続行します。

ランチが絶品の喫茶店

 将棋会館近くには、お昼のランチを運んできてくれるところもあります。

”キーコーヒー”のカンバンでおなじみの「サト」という喫茶店は昼どき大入り満員。肉と魚のランチの他、スパゲティのセット、洋食風の定食も種類豊富。さらに、グラタンやドリア、オムライスなどもあり、喫茶店とは思えない充実度です。

 こういうお店を野獣的に戦法名で表せば”ガップリ四つの矢倉戦”てなことになるわけでして、わきを固めるおかず達、サラダ類、デザートにコーヒー、紅茶とくれば、もうこれは矢倉戦での駒組みから定跡もしっかりたたきこんであって、中盤の手筋も連発、そして終盤の寄せ形もしっかり心得ているかのようです。

(中略)

 サトのランチが出前化されるようになって(たぶん5年ぐらい前)から食べたいものが浮かばなかったり、解らなかったら「サトにしとけ」が定着。

(中略)

 石田九段の場合などは、一度注文を聞かれたにもかかわらず、「う~ン」といったまま何のことだったかすっかり忘れてしまい、再度塾生に「先生、食事なにになさるかお聞きしたいんですけど……」と問われ、「アン、そうかそうかそうだったか、ウ~ン食事ネエ。これがまた実に悩ましい。どれどれみんなは何をたのんどる、羽生、森下がうな重で谷川親子に、藤井鳥丼、先崎ざるそばか、だけど一番多いのはサトのランチ、フ~ン強い(長い)者には巻かれろというけど、やっぱり大勢に従う方が無難だな。サト、サトのランチ!魚、魚の方!」といって満足げに席を立ち上がるのです。だいたいいつもサトのランチなのにいつもこうなんですけど……。

(つづく)

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石田和雄九段が石田和雄九段らしさ全開で、とても嬉しくなってしまう。

口調なども、正確に再現されているのだろう。

なお、「サト」は残念ながら現在は営業が行われていない。

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対局中の食事について、棋士の視点から書かれたものは少ないので、この泉正樹七段(当時)の記事は非常に貴重なものだと言える。

泉八段は、講座の中にも食べ物のことがよく出てくる。

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しかし、この文章を読んでいると、急に食べたくなるのがカレーうどん。

30分も放置しておいて本当に大丈夫なのだろうかと心配なところもあるが、気持ちはわかるような感じがする。

カレーうどんは食べるのに神経を使うためか、将棋棋士の食事とおやつのデータによると、今年度の順位戦では松尾歩七段が1回、昨年度の順位戦では藤森哲也四段が1回、のみの採用にとどまっている。

松尾七段も藤森四段も大阪での対局の時のことで、松尾七段は敗れているが藤森四段は勝っている。

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6年前のことになるが、このブログで順位戦での食事別勝敗統計について書いたことがある。

集計や分析にかなりの工数を要するため、ここ数年は手を付けていなかったが、今年は春以降になったら久々にやってみようかと考えている。

ただし、時間と体力と根気があればの話になるので、実現の可能性は五分五分といったところかもしれない。

2009年度順位戦食事別勝敗統計(概要)

2009年度順位戦食事別勝敗統計(食事分類編)

2009年度順位戦食事別勝敗統計(個別メニュー編)