近代将棋2001年8月号、神吉宏充六段(当時)の「関西マル秘情報」より。
関西奨励会幹事が4月からバトンタッチとなった。酒井順吉六段と野田敬三五段の名幹事から井上慶太八段と畠山鎮六段の熱血幹事に交代、新風を巻き込んで新四段をたくさん輩出してくれる期待大だ。
その新幹事にとんでもない初仕事が待っていた。例会の対局中、信じられない事件が起こったのだ。それは級位者の部屋で発生した。主役は糸谷哲郎3級。森信雄六段門下の12歳で、先月昇級したばかりの俊英だ。その彼に何が起こったのか……。
対局中、彼は相手の銀を取った。その後が問題。皆さんならどうしますか?当然バシッと自分の駒台に駒音でも立てて置きますよネ。ところが糸谷君はそんな平凡な(?)手はやらなかった。パシッと駒音鋭く相手の駒台に置いたのだ!良かったらどうぞ使って下さいという、プレゼントだったのだろうか。とにかく見たことも聞いたこともない新手である。相手の少年はどうしていいのか焦っただろう。銀をプレゼントされたけど……使っていいのだろうか?それとも返すべきなのか?どうしたらいいんでしょう!と井上八段が呼ばれた。「どないしたんや?」「……いえ、銀をいただいたのですが、どうすれば」「う~ん、そんな反則あったないなあ???」
確かに初めてのことである。結局悩んだ末に反則の裁定を下した井上幹事、慰めに「いやあ、こんな手は初めてやで。君は大物かもしれんなあ」と持ち上げてみた。すると糸谷君「そうですか!こんな手誰もやったことないんですか。良し!」と喜んだ。う~ん、ホンマに大物かも。
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近代将棋2001年11月号、神吉宏充六段(当時)の「関西マル秘情報」より。
ところで、鎮君と井上慶太八段の奨励会幹事も最近は堂に入ってきたようだ。関西の奨励会員はユニークな子どもたちがたくさんいるようである。以前紹介した糸谷哲郎3級(12歳)は、あれからもいろいろやってくれているらしい。
鎮「この前の例会、1日に3局指すんですけど、それで千日手を5回もやったんですよ。これだけでもすごいのに、香落ち下手で初手に7六歩!と2手指しで、2回も反則負けを喫しているし、勝ち負けの書き方は、負けをでっかく書いて、勝った時は見えないぐらい小さく「◯」を書くんです。強い将棋で、勝つ時は手合い違いぐらいに圧倒するんですけど、変な負け方するし……とにかくいろんな意味でおもしろい子です」
う~む、相手の駒台に自分の持ち駒を置く反則をやったときから、糸谷君には注目していたが……これは将来なにをやってくれるのか、ますます楽しみになってきた。
井上八段の弟子の稲葉陽5級(12歳)もおもしろい。奨励会員は早く終わると仲間の秒読みを手伝うことになる。稲葉君はいままで秒読みをやったことがなかった。そこで幹事に「どうやるんですか?」と聞くと、「対局時計と同じ様に読んだらええねん」「わっ、わかりました!」で、どう読んだか……。「50秒(一呼吸置いて)……2、3」と読んだのである。対局時計とまったく同じようにしたのだが、本当は1から読むもの。驚いた仲間は思わず、「その一呼吸はなんやねん、1も読まなあかんねん!」。秒読みを知らない子どもが出てきたということは、そのうちプロを見たことがない奨励会員も登場しそうである。コワッ!
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糸谷哲郎3級(当時)の駒台にまつわる反則負け。
糸谷哲郎竜王がプロになった後の、故・池崎和記さんの近代将棋2006年6月号「関西つれづれ日記」、小暮克洋さんの「2007年朝日オープン将棋選手権本戦、糸谷哲郎四段-中原誠永世十段戦観戦記」も総合すると、
- 対局相手は、佐藤天彦1級(当時)
- 銀を只で相手にあげても、まだ糸谷3級の方が優勢な局面だった
- 糸谷3級が時計を止めたのが反則負けとされた大きな理由だった
- 反則負けとなって糸谷3級は大声で泣いた
- 数時間後、ショボンとする糸谷3級に井上八段が「プロになったら、これが伝説になるんやから、よかったやないか」、「「いやあ、こんな手は初めてやで。君は大物かもしれんなあ」と声をかけ、途端に糸谷3級はニッコリ
ということのようだ。
今日取り上げている神吉宏充六段(当時)の記事では糸谷3級の泣き笑いのうち最後に喜んだことの方だけが書かれているが、まだ12歳の奨励会員を励ます意味でもリアルタイムでは大きな声で泣いたことを書かなかったのではないだろうか。神吉六段の優しさが隠れている文章だと思う。
→2007年朝日オープン将棋選手権本戦、糸谷哲郎四段-中原誠永世十段戦観戦記
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糸谷哲郎竜王と稲葉陽七段の12歳の時のネタになるようなエピソード。
井上慶太八段(当時)の「プロになったら、これが伝説になるんやから、よかったやないか」あるいは「「いやあ、こんな手は初めてやで。君は大物かもしれんなあ」は、本当に名言だと思う。