大山流の絶妙の受けを打ち破った泥沼流

将棋世界1983年1月号、米長邦雄棋王(当時)の自戦記〔第9期名将戦 対大山康晴十五世名人戦〕「厚味が逆転のモト」より。

 私の将棋の特長は終盤にあると思っていたのだが、逆転のナントカという連載物を書いているうちに、逆転負けをすることが多くなってきた。「口は禍いのもと」とはよくいったもので、人に教えるほどの将棋ではないということがよーく分かった。

 先月号であの講座が終了して自戦記に戻ってホッとしている。

 これからはまた逆転勝ちが多くなるのではないかと、希望的観測を抱いているところである。

(中略)

 名将戦は2年連続優勝していて、3期連続をねらいたいと、一応は思っている。

 なかなかそう思いどおりにうまくいくものではないかもしれないが、私にとってはゲンのいい楽しみな棋戦である。

 準々決勝の相手は難敵大山十五世名人。

 戦形は私の居飛車に十五世名人の四間飛車といつもの形である。

 

大山米長1

 △5五歩は作戦の岐路。

 9月に指した名人リーグで5筋位取りを用い、割合にうまくいったので、今回もやってみることにした。

「あの将棋はうまくいったが、今度はどういうふうな手(5筋位取りに対する対策)で教えてもらえるかな」と思って△5五歩と指したが、将棋というのはこのように謙虚な気持ちで臨むのはいいらしい。

(中略)

大山米長2

2図からの指し手
△4六歩▲同飛△5五角▲5六飛△5四金▲9三と△7八角▲5七飛打(3図)

 ここは遮二無二いくよりないので、△4六歩の打ち捨てから△5五角と打ったが、▲5六飛で後手を引き▲9三とで桂損となってしまった。△7八角はねらいの一着だが、それに対する▲5七飛打が大山十五世名人らしい好手。この手は単に受けただけでなく、次に▲5五飛△同金▲同飛の中央突破をみている。

大山米長3

 3図の局面は私の桂損である。その上駒の働きも向こうの方がよさそうだ。玉の堅さは互角だが、敵に桂を持たれているので、私の囲いの方が少し弱いことになる。

 この悪条件の重なった苦しい局面では、どういう具合に局面を見るべきであろうか。

3図からの指し手
△4六歩▲同銀△同角▲同飛△6七角成▲同飛△5五金打▲8六飛△5六銀(4図)

 もしこの将棋を逆転できるとしたら、相手よりこの部分がハッキリ勝っているというものを1ヵ所でも持っていなければいけないが、残念ながらいまのところそれがない。こういう時はそれを作り出していかなければいけない。どうやって逆転のアヤを作っておくか、ここからが本局のハイライトである。

 私は20数分の長考で△4六歩と打った。

 そして▲同銀に△同角と角を切り、もう1枚の角も△6七角成と切って、△5五金打から△5六銀(4図)と奪った金銀を中央に投入した。

 私が逆転のアヤとして選んだものは中央の厚味であった。もともと駒損をしているのだから、駒損ついでに角2枚も捨てます。だけど中央の厚味だけは確保させていただきますよ―これが私が考えた、逆転の可能性の最も高い手順であった。

 △5五金打では持ち駒を温存して△5五金と出た方がよさそうだが、それでは中央の厚味というポイントがなく、大きな駒損なので確実に負かされてしまうだろう。

大山米長4

4図からの指し手
▲4四桂△同金▲同歩△6七銀不成▲4三歩成△同銀▲8二飛成△4二歩▲9一竜△5一歩▲8五角△3六歩▲6七角△3七歩成▲同銀△4五桂(5図)

 4図では▲6八飛と逃げたいところだがそれは△3六歩と取り込んで、次に△4六歩の垂らしがあり難しくなる。

 その形は時間のない将棋なので先手は自信がないだろう。飛車取りを放置しての▲4四桂は流石に最善手で、『終盤は駒の損得より速度』である。

 玉の傍の銀を剥がされると大きいので△4四同金と桂を外して△6七銀成と飛車を取ったが、▲4三歩成から王手で飛車を成られて依然として私の方が苦しい。

 私が△5一歩と受けたところで大山十五世名人の持ち時間が切れて1分将棋となったが、秒読みの第1手▲8五角が悪手だった。

 ここはじっと▲3五歩と取っていられたら歩切れの私には思わしい手段がなく、先手には次に▲8九角というねらいもあり、そのまま先手が勝っていただろう。▲3五歩に△3六桂と打ってみても▲1七玉で後続手段がない。▲8五角は銀取りとみせて、それを受ければ▲6三角成がねらいだったが、私は銀を放置して△3六歩と取り込んだ。

 ▲6七角は詰めろだが、私に△3七歩成から△4五桂の好手順があっては、どうやら逆転したようだ。

大山米長5

(以下略)

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4図から11手目の▲8五角ではなく▲3五歩であれば、大山康晴十五世名人の会心譜になっていたのだと思う。

それにしても、駒損のところを更に角2枚と金銀を交換して中央に厚味を築く、中盤に出た米長邦雄棋王(当時)の泥沼流。

一手でも間違えれば逆転できそうなアヤをつけ続けるとは、このようなことなのだろう。

2図から3図にかけての大山十五世名人の受けが絶妙だっただけに、泥沼流の凄さがより実感できる。