将棋世界1971年10月号、金井厚さんの東急将棋まつり・よい子日本一決定戦「豆棋士は強かった」より。
将棋まつりの期間中、いちばん人気を集めたのがよい子の日本一決定戦であった。8月2、3日、全国から200名あまりの小・中学生があつまった。そのヤングの将棋会の模様をお伝えしたい。
そのまえに、各クラスの1位から3位までをご紹介しよう。
小学生低学年の部
1位 小林伸行くん(大阪・小2年)
2位 森島光哉くん(東京・井の頭小3年)
3位 林律子ちゃん(秋田・小2年)小学生高学年の部
1位 谷川浩司くん(神戸市立東須磨小3年)
2位 中尾和朋くん(文京区湯島小6年)
3位 梶原和哉くん(東京・洗足池小6年)中学生の部
1位 谷川俊昭くん(兵庫・私立灘中2年)
2位 深井一伸くん(東京・武蔵中3年)
3位 今藤英世くん(東京・町田第一中3年)谷川俊昭君と浩司くんはご兄弟である。
浩司くんは小学3年生だが、高学年の部で優勝した。「棋力に自信のある子は上の部に出場してもよい」ことになっていた。見事である。初段の免状をもっている。余力を残して勝ったようだ。だが、「1、2回戦は苦しかったけど、昼ごはんを食べてから調子がよくなった」という。おもわず記者はニコリとしたものである。優勝はうれしいに違いない。しかし浩司くんにとっては、「いままで、あまり小学生のお友達と指すことが出来なかったけど、今度の将棋まつりでは大勢のお友達と十分指す事が出来てとても楽しかった」のである。
浩司君の言は多くの声を代表している。
中学生の部で3位になった今藤君は、「他の中学生とまえまえから指したかったのですが、こういう会があったため願望がかないました」とハガキをくれた。ほかにも電話やハガキをたくさん頂いた。皆、「友だちができた」、「楽しかった」という声ばかりである。
(以下略)
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「谷川浩司」という名前が将棋世界に初めて載ったのがこの時だったのだろう。
小学3年生なのに高学年の部に出場して優勝するのだから、迫力満点だ。
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この頃は現在に比べて将棋道場の件数ははるかに多かったものの、東西の将棋会館に道場はなく、小学生や中学生が気軽に行ける雰囲気の道場は皆無と言ってもいいような時代。
見ず知らずの小学生同士、中学生同士が対局をできる機会は、このようなデパートの将棋まつりでの大会以外なかった。
そもそも、デパートの将棋まつりでの子供将棋大会自体が珍しかった頃だ。
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「そのヤングの将棋会の模様をお伝えしたい」のヤングという言葉が時代を感じさせる。
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谷川浩司少年は、この翌年5月のNHKの将棋特別番組に出演し、北海道の兼田睦美さん(当時中学2年、前年の女流アマ名人戦で準優勝、現在の福崎文吾九段の奥様)と対局をしている。