佐藤康光九段と行く松茸会席の旅

将棋世界1984年3月号、神吉宏充四段(当時)の「神吉宏充の突撃レポート」より。

 今月から新たに奨励会ニュースを担当することになりました。

 奨励会員のエピソードを織りまぜて、なるべく現場の雰囲気を、面白く、お届けして行きますのでよろしくお願いします。

☆得意戦法

 奨励会員は誰でも得意戦法を持っている。しかも盤上だけではなく、盤外にまでおよんでいる。そんなエピソードを、好調組の中から紹介しよう。

(※編集部注・この文は多分に針小棒大の気味がありますのでそのつもりでお読みください)

 めっきり寒くなった今日この頃ここ関西将棋会館では、奨励会の対局が行われている。その中では◯◯三段と△△初段の一戦が行われていた。

 局面は、中盤にかかり、下手の研究手順通り、事が進められ、上手の必敗形。その対局を見ていた私は、そろそろこの上手の得意な盤外戦法が始まるのではないかと思っていた。

☆言葉巧みな伊藤

 その直後であった。いきなり◯◯三段は△△初段に向かって、話しかけて来たのである。

「さだまさしのあの歌知ってる?」とか「今やってるあの映画いった?」と、巧みに話を持ちかけたのである。

 これに驚いた△△初段、先輩から◯◯三段のこの恐ろしい必殺技の事は聞いて知ってはいたのだが対戦するのは初めて。ついつい話を聞きだしてしまったのだ。

 そしてこの将棋は、必敗であった◯◯三段の逆転勝ちとなってしまった。言葉巧みに話を持ちかけ、相手に時間を使わせ、勝負の感覚を狂わせ、廃人へと追い込んでしまう。そう、彼のことを我々は”終盤の話術師”と呼ぶ。

 彼の名は伊藤博文三段、その人である。

 彼は”話術師”の本領を発揮して、現在、9勝2敗で、四段昇段まであと4勝2敗でよい所まで来ている。しかしこの話術師封じを、企てている先輩会員達の、巻き返しがなるか、この1ヵ月を、注目して見守りたい。

☆奨励会随一の酒豪

 さて次に紹介するのはこれも若手奨励会員から恐れられている攻撃の一つで名付けて”二日酔い攻撃”この必殺技を使うのが、名古屋の雄、中山則男三段である。

 彼は級位者の時から有名で、3級当時には”スナック中山”と呼ばれ、現在は”行きまひょ中山”とか”二日酔い中山”とか呼ばれている。この3つのニックネームには全て酒がまつわり、彼の酒豪ぶりが伺い知れる。

 それでは”二日酔い攻撃”がいかなる攻撃か、リアルに、現場を再現してみよう。

 その日若手奨励会員の□□二段は、今日の対局で中山三段と当たりそうだなーという不安にかられていた。そしてその不安が現実となって現れた。

 奨励会幹事の東五段から手合が発表された。「中山三段と□□二段」この瞬間、彼は思った。「オレは世界一不運な男」だと。

 対局者の二人が座につき、コマを並べだした。その時からすでに”二日酔い攻撃”が始まっていたのであった。 

 中山三段のはく息は、酒のニオイで満ちあふれ、いかにも昨夜から今朝まで酒を飲んでました、といわんばかりで、中山三段の顔を見ると、どことなく目もうつろである。そうしていくうちに、□□二段もいい気分になってきた。そう、中山三段の酒のニオイに□□二段はホロ酔い気分になっていたのだ。そして□□二段は思った。「将棋などもうどうでもよい」と。

 将棋は序盤から□□二段の緩手が続き、中山三段の術中にはまってしまっていた。

 2時間が過ぎ、ハッと□□二段は我に返ったが時すでに遅し、局面は□□二段の必敗形になっている。「もうだめかー、また術中にはまったのか」□□二段は肩をガックリ落とし、もはや抵抗する気力を失っていた。

 ふと、中山三段の顔を見ると朝とは違って目はランランとし、コマを持つ手つきにも力がこもっていた。そう、これこそ関西奨励会の中で最も恐れられている必殺技の一つ”二日酔い攻撃”の実体であった。

 中山三段は、奨励会の前日、酒をあおり、対局に臨むのである。

 この技を会得するのに7年はかかりましたと彼は述懐する。こんな風に体をコントロールできるまでには彼は7年かかったのか。そういえば、数年前、一手指すたびに「ウエップ」といいながら、トイレに駆け込んでいた彼が思い出される。

 苦しい修行が、いま花を開いたのだ。

 そんな必殺技だけに防ぐことはできない。たった一つだけ防御策があるとすれば、それは彼以上に酒をあおり、”二日酔い返し”をする以外ない。ただ飲み過ぎて休会することは必至である。

 彼も6連勝と好調。前からの星も合わせると9勝3敗の星もある。

 あと4勝1敗か3連勝で昇段の規定に達するから、昇段の最有力といってよい。

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昨日、「佐藤康光九段と行く松茸会席の旅」が開催されることが日本将棋連盟のホームページで発表された。

・日程:2015年11月28日(土)~11月29日(日)
・場所:信州・高原の宿 スカイランドきよみず(松本駅から無料送迎バスあり)
・参加棋士:佐藤康光九段、澤田真吾六段、中山則男指導棋士六段
・参加費: 29,000円(1泊3食、指導料・松茸料理含む)

佐藤康光九段と行く松茸会席の旅(日本将棋連盟)

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先週の土曜日に、船で行く3泊4日「大山十五世名人と将棋の旅」の記事を書いたばかり。

現代にもこのような企画があれば面白いだろうと思っていたのだが、現地集合現地解散という点を除けば、まさにそのような雰囲気のある旅行だ。

現地では、盛り上げ駒を使用しての指導対局、佐藤康光九段のミニ将棋講座、棋士を交えた夜の親睦会・記念撮影、抽選会など。

松茸料理は、松茸の茶碗蒸し、松茸入り小鉢、松茸の釜飯、松茸の炊合せ、焼き松茸、松茸の牛すき鍋、松茸の天ぷら、松茸寿司、松茸の土瓶蒸しなど。

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「佐藤康光九段と行く松茸会席の旅」の参加棋士の一人である中山則男指導棋士六段の若い頃が、今日の記事の中山三段。

酔拳のような切れ味を見せる中山三段(当時)だが、豊川孝弘七段が四段になった時の話に中山則男指導棋士四段(当時)が登場する。

心温まる、とてもいい話だ。

豊川孝弘四段(当時)「人に情に燃えました」

結婚前の谷川浩司竜王(当時)が名古屋市内で現在の奥様とデートしているのを発見したのも当時の中山六段。

谷川浩司竜王(当時)のプロポーズの言葉

中山六段は、東海研修会の幹事も務めている。

「佐藤康光九段と行く松茸会席の旅」は、本当に楽しそうだ。