奨励会員が受けた研修

将棋世界1983年9月号、滝誠一郎六段(当時)の奨励会熱戦譜「第1回研修会始まる」より。

 今月より新たに月に2回の奨励会に加え、研修会の1日ができた。どういう行事かというと、朝9時までに集合して、午前中は各部屋の掃除、盤駒の手入れ、一流棋士による奨励会時代の体験談と将棋に対する考え方のお話をしていただくというものである。

 どうしてこのような行事を加えることになったかというと、従来だと奨励会員は、まず例会以外に全員顔をそろえることは、ほとんどなかった。そこで研修会を行えば、先輩、後輩のつながりを深めること(段位者と級位者は対局部屋が違うため、一緒にいる機会が少なかった)にもなり、また先輩棋士(普段は話す機会がまずない)に講師になってもらい、聞きたいことを質問する場を与えた。

 今回は二上九段にお願いした。

 九段は、最初に内弟子時代のことを話された。当時は比較的内弟子が多く、皆師匠宅の家事の手伝いをすることによって、他人の家で飯を食うことがいかに大変であったかをユーモアを交えながら話された。

 現代は時代も変わり、内弟子をしているものはほとんどいない。地方より上京して来た者は、時間にも余裕があって誘惑されることも多く、より強い意志が求められる。(自分一人だと親身になってくれる人も少ない)

 次に反骨精神と素直さについて話された。盤に向かった時(特に感想戦)自分の考えを貫くのも大切なことではあるが、時には、相手(周りにいる者)の考えを素直に聞くことも大切であると言われた。

どのようなことかというと、勝負の原点は己れ自身の戦いである。第三者に何かを言われて、すぐ矛先を変えるようではいけない。しかし、自分だけだと盲点に陥ることもある。

 間違いに気づいた時は素直に認め、自分の肉として行くことも必要である。また間違いということにこだわらず、自分と違う考え方も当然あるのだから、参考にすべきであろう。

 最後に辛抱について話された。

 何をしても行き詰まることは必ずある。そういう時、自分はあと少し頑張ろうと思い努力した。そして、またもう少し頑張ろうと歯を食いしばった。少しずつ限界に挑戦した。

 将棋に例えると、いくら考えてもわからない局面があったとする。(特に形勢のおもわしくない時)その時にすぐあきらめないで、突っ込んで読むことが大切であり、将来必ずプラスになる。

 どうにもならない局面ならば、投げ出したくなりがちだ。しかし、そのようなことでは上は望めない。上位者の人達は、それを乗り越えてきた。

 話は40分程続いた。奨励会員は、真摯な態度で食いいるように聞いていた。参考にもなり、大変勉強になったと思う。

 話の後、奨励会員達の質問に二上九段はきさくに答えられていた。

 質問の内容は、

  1. 一局の勝負にこだわるか、長い目で勝負を見るか?
  2. 平手全盛の時代にあって、奨励会での香落ちは役に立つか?
  3. 昇降級リーグ4組になぜ降級制度がないのか?(奨励会では降級制度がある)

 などであった。

 最初の質問には、君たちはこれから伸びていくのであるのだから、目先の勝負にこだわることなく、力をつけることの方が大事だと思う。

 2の質問には、これは伝統的なものであるが、さばきの勉強方法によいのではないかと思う。

 最後の質問には、君達は、そんなことを考える必要はないのだから、早く棋士になることを考えてほしい。

 午後からは、スイス方式トーナメント戦。A~Fまで6クラスにわけて、月1回の研修会の日に将棋を指すのである。半年単位で戦い、優勝者には賞金も出る。

 この日は、非公式戦ながらも、時間を一杯使った熱戦が繰り広げられた。

(以下略)

——–

先崎学2級、羽生善治3級、森内俊之5級、郷田真隆6級の頃に行われた研修会。

第1回目の講師が二上達也九段というのも、非常に考え抜かれていると感じさせられる。

反骨精神と素直さのバランス、行き詰まった時のあと少しの頑張り、奨励会員のみならず誰にでもためになる話だ。

頭では理解していてもなかなか実行が難しいことも、将棋に関連付けて話をされるとより説得力が強くなる。

講演とは違う切り口での棋士の話も非常に面白いと思う。