大山康晴十五世名人「明日の朝はうなぎがいいね」

近代将棋2005年2月号、鈴木宏彦さんの「将棋指し なくて七癖」より。

 強い棋士はよく食べる。これを常識にしたのは、ご存知、故・大山康晴十五世名人だ。食にまつわる大山のエピソードは数多い。

 昭和40年の王将戦。山田道美八段の挑戦を受けた大山は第4戦まで1勝3敗のカド番に追い込まれた。第5局は盛岡の対局。関係者一同で名物のワンコそばを食べに行ったところ、一番食べたのが大山で、なんと37杯。将棋も勝った上、残り2局も連勝して防衛に成功してしまう。

 昭和43年の王将戦。タイトル初挑戦の内藤國雄八段は前夜祭から緊張した様子だ。それを見た大山は一通りのコース料理を食べ終わったあと、「なんか物足りないから、ステーキを持ってきて」。それをぺろりと平らげたあとの、「明日の朝はうなぎがいいね」とやった。

 それでなくとも緊張していた内藤はげんなり。当然のように、対局も大山の完勝に終わった。あとで分かったことだが、大山は昼食を食べず、わざと腹を減らして前夜祭に臨んでいたのだという。自分の健啖家ぶりをさらに強調した大山の作戦勝ち?

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近代将棋2005年3月号、鈴木宏彦さんの「将棋指し なくて七癖」より。

 強い棋士はよく食べる。先月号でも書いたように、それを常識にしたのは故・大山康晴十五世名人だ。

 昭和50年代の大山と中原の王位戦。昼食に出たでかいウナ重をみんながやっとの思いで食べきると、1つ余っているウナ重がある。「それ余っているの。もったいないじゃないの」と目を付けた大山は、ついでにぺろりと平らげてしまったという。私も一度ご自宅でナベ料理をご馳走になった時、「ナベには餅を入れるとうまい。若い頃は12個食べたこともある」と言われたことがある。よく食べる=健啖=強いが、大山の信念だったはずだ。

 その大山が、昔から「あの人は私より食べるね」と認めていたのが、ご存知、加藤一二三九段だ。

 昭和40年代から50年代にかけて、全盛期の加藤の食べっぷりは確かにすごかった。

 あるタイトル戦にて、加藤の昼食の注文。「トースト8枚に2倍のオムレツ。それにホットミルク、ミックスジュース、コーンスープ。飲み物は全部2杯ずつね」

 振り飛車に対する棒銀と同様、一度こうと決めたら、しばらくはそれ一本で攻めるのが加藤流である。トースト8枚の時代が2、3年は続いただろうか。おやつに板チョコ8枚とか、カマンベールチーズ山盛りという時代もあった。将棋連盟で対局する時の昼食の注文は、トースト8枚から、天ぷら定食、うな重、寿司と変遷して現在に至っている。棋士にはうどんやソバなどの麺好きも多いが、加藤が麺類を食べる姿は見たことがない。

 それでは、現代を代表する健啖家は誰か。

 東では宮田利男七段と前田祐司八段の豪快コンビが一時すごかったが、お2人とも40歳を過ぎた頃から大分控えめになられたという。西の大食漢は文句なしに神吉宏充六段。公称130キロ?の体重を支えるため、朝、昼、晩と普通に2人前ずつ食べる。

 羽生世代で一番食べるのは、丸山忠久九段だろう。丸山も加藤流と同じく対局中の食事には大変なこだわりを見せる。最近多い注文は、「鉄火巻のさび抜きに納豆巻。カロリーメイトのチョコレート味に500ミリリットル入りソバ茶5本」

 一時丸山はウェートトレーニングにはまってすごい筋肉をつけていたから食事はタンパク質中心、無駄な脂肪をつけないようにと、考えていたはずである。

 将棋連盟で対局の際、食事の注文は1日塾生が対局室まで取りに行く。最も上位の席に当たる特別対局室の上座の棋士から注文を取り始め、順番に各部屋を回って行くのが定跡手順。この際、対局者は当然、対局相手の注文も知ることになる。

「今日は胃がもたれているから昼はザルソバにしようと思っていたけど、相手が天丼を頼んだのにザルソバじゃ気合い負けでしょ。思わずこっちは上天丼を頼みましたよ」。

 最近聞いたある若手棋士の話。棋士にとっては、食事の注文も勝負のうちなのである。

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わんこそばは、7杯でかけそば一杯とする店から、15杯でかけそば一杯とする店など様々であるという。

わんこそば37杯は、その尺度で言うと、かけそば2.5~5.3杯分。

周りの人を驚かすために食べているのではなく普通に食べた結果なのだろうから、大山康晴十五世名人の食べる量はなかなかすごい。

ちなみに、盛岡市で開催されている全日本わんこ蕎麦選手権での歴代1位の記録は559杯。

将棋界では、藤森哲也四段が102杯という記録を残している。

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大山康晴十五世名人の、夕食後にステーキを追加注文する手筋は、二上達也九段とのタイトル戦でも実行されている。

対局相手が酒が好きな棋士である場合、このステーキの追加注文は非常に効果があったようだ。

二上達也九段は、2007年の将棋ペンクラブ会報の対談で次のように語っている。

二上「精神的な弱点をつかまれてしまったんですね。それから、大山さんは健啖家ですし、私は酒飲みで、酒を飲んで休むというのが私のペースなのですが、大山さんが「あなたは飲めるんだから飲みなさい」と言って酒をどんどん注いでくれるんですね。しかも大山さんは、夕食が済んだのにステーキを注文して目の前でどんどん食べるんです。見ているだけで嫌になってしまうんですね」

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「明日の朝はうなぎがいいね」も対局相手からすれば絶望的な気持ちになってしまいそうな言葉だ。

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トースト8枚は元気な時なら食べられるような感じはするが、チョコレート8枚は、かなりキツイと思う。山盛りのカマンベールチーズも完食するのはかなり体力が要りそうだ。

食べるから体力がつくのではなく、体力があるから多くの量を食べることができるような流れなのだと思う。