剱持松二九段が1月7日、心不全のため亡くなられた。享年81歳。
剱持九段は、将棋会館建設、テレビ東京「早指し将棋選手権」創設の際などに大きな貢献をしている。
剱持門下の橋本崇載八段は1月7日のB級1組順位戦で三浦弘行九段に勝っているが、師匠の新たな旅立ちを勝利で飾った形だ。
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将棋世界1989年1月号、「C級1組順位戦レポート」より。
11月22日のC級1組6回戦。夕休過ぎの桂の間は例によって手あきの検討陣が進行中の棋譜を並べている。のぞくと、昇級候補達が揃って大苦戦の模様。
剱持-羽生戦は剱持が快調にとばして優勢の展開。
「どこまで持つかだな」「大善戦だよ」
検討陣は羽生の逆転勝ちを信じて疑わず、どうせ終盤で羽生マジックが出るだろうと見ていたが、一向にその気配がない。
迎えた1図、ここで▲6四歩と歩切れを解消した一手が好手で、羽生逆転の望みが断たれた。成香が生きている時点で▲2四歩が入ってはダメなので、泣く泣くの△1一角だが、好所の角が動くようでは勝負所がなくなった。
本譜▲6四歩以下、△1一角▲2五銀△2四歩▲1四銀△同玉▲1五香△2三玉▲1二銀と進んで、羽生に粘る順を与えず剱持が快勝。終局は零時41分。
「途中ではいいと思ったよ。たまには若いモノに勝っとかなきゃね」感想戦に群がる棋士達を前に、得意気な剱持であった。
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非常に個性豊かで人情の深かった剱持松二九段。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
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振り飛車、絶妙の手順(4)…剱持松二七段(当時)の魔法のような絶妙手