将棋世界1999年5月号、行方尚史五段(当時)の「昇級者喜びの声(C級2組→C級1組)より。
遠く過ぎ去っていく思い出。片道切符。ブルーズ。不眠症。コーヒー。ポカリスエット。ユンケル。脅迫電話。ネヴァーマインド。クサレ原稿。締め切り。甘い生活。遅刻癖。黒いブーツ。一枚の紙切れ。集会。無力感。梶井基次郎の檸檬。椎名林檎。ブランキー。タクシー。モッズ・スーツ。レザーのネクタイ。都営12号線。ブギー。池袋。劣情。降級。年齢と比例していくものと反比例していくもの。ファンレター。プール。ミッシェル・ガン・エレファント。
たった今、もうすぐ出る「別冊宝島」の原稿を上げたところである。世界の自戦記といい、今期は何だかいっつも締め切りに追われていたような気がする。これでとりあえず原稿は一段落だけど、「将棋指している時が一番楽」という師匠の言葉が身にしみている今日このごろ。
昇級したからといって、別に変わらない。これから、もっとキツくなる。浮かれる余裕はどこにもない。
しかし、ひどい将棋ばかり勝ってきたもんである。敗戦を覚悟した瞬間も、何度かあった。
図は直接対決の第一弾、松本四段戦。
10手程前に致命的な悪手を指し、図の局面は必敗形。双方1分将棋の中、あきらめ切れず指していた。
ここで△5二歩が大悪手。▲6四成桂△7一香▲5三竜△同歩▲4二角△2二玉▲3一角成△3三玉▲3二金まで。信じられないような劇的な結末だった。図で手堅く△6三香と受けられていたら、どうしようもなかった。今期を象徴する大逆転。後半戦は、すべて印象深い。
これからも勝負を続けていく、その途方もなさに決して絶望しないように。
最後に、陰ながら見守ってくださった方々に、心からお礼を申し上げます。
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この当時の行方尚史五段(当時)らしさが溢れている文章。
脅迫電話と黒いブーツだけ、どのようなことなのか想像がつかない。
”年齢と比例していくものと反比例していくもの”はとても味わい深い。
私が年齢に比例していくことと反比例していくことがあるな、と初めて実感じたのは35歳の時だったので、行方八段がそのように感じたのはかなり早いタイミングだと思う。
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将棋世界1999年5月号、深浦康市六段(当時)の「第57期順位戦最終局 C級2組 勝者の数だけ敗者が居る」より。
本日のレポーター役は初めての経験だったが、改めて勝者の数だけ敗者の数が居るという事が分かった。しかし胃の痛い一日だった。
行方は新四段の時、「勝ちまくって、いい女を抱きたい」と言った。まだその夢を果たしてはいまい。そして真価が問われるのはやはりこれからであろう。
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若手有望株から若手有望株への熱い激励。
この深浦康市六段(当時)のレポートは非常に素晴らしく、また別の機会に紹介したいと思う。