「誰にも好かれようったって駄目ですよ。御贔屓があるでしょう。とっとと白状しちゃいなさいな」

将棋世界2001年5月号、歌劇俳優の宮本聡之さんの第27期女流名人位戦〔中井広恵女流名人-斎田晴子女流三段〕第5局観戦記「青天のもと、華二輪」より。

 早い展開の序盤が過ぎると、一転して進行が遅くなる。対局室は静寂の時が流れる。まるで大音量で演奏してきたオーケストラが、瞬間止まるゲネラル・パウゼのように、その場にいる者すべてが息を飲み、次の音を待望する。俗人には、ただの休みとうつるその時は、光速で回転する思考や思念で埋め尽くされ、宇宙へも拡がる目に見えぬ空間である。

(中略)

 たまに対局を見に来ると、必ず聞かれる事がある。

「今日は誰の応援ですか?」

「いや別に誰という訳では…」

「そんな隠さなくてもいいじゃないですか」

「いや隠すとかじゃなくて、本当に皆さん頑張ってほしいんです」

「誰にも好かれようったって駄目ですよ。御贔屓があるでしょう。とっとと白状しちゃいなさいな」

「じゃあ結婚式で歌わせて戴いたので森下さんを…」

「ほーらやっぱり!じゃ、相手の佐藤さんに言っときます」

「い、いや、佐藤さんもいつも駒音コンサートにヴァイオリンで出て戴いてるので…」慌てて訴えるのだが、既に相手の姿は対局室へ。

 今回にしてもどちらの応援という訳ではないのだが…。棋士はどうしても白黒つけないとオイヤなようだ。

(以下略)

——–

この時、佐藤康光九段-森下卓八段(当時)戦が行われていたのだろう。

また、宮本聡之さんさんに「今日は誰の応援ですか?」と聞いた棋士も対局中で、たまたま控え室に顔を出していたと思われる。

「ほーらやっぱり!じゃ、相手の佐藤さんに言っときます」という台詞が絶妙だ。

実際には、対局中の佐藤康光九段に「佐藤君、宮本さんって森下君のファンなんだね。今も森下君の応援ということで控え室に来られているよ。駒音コンサートに何回も出ている君との対局の日に」と話しかけることはあり得ないわけだが、気にはなってしまう。

宮本さんに聞いた棋士は誰なのだろう。会話の雰囲気から考えると先崎学八段(当時)のようにも想像できるが。