藤井猛竜王(当時)「高美濃より美濃囲いの方が急戦には適している」

将棋世界2002年2月号、武者野勝巳六段(当時)の第14期竜王戦第5局〔羽生善治四冠-藤井猛竜王〕観戦記「一年懸かりの雪辱」より。

インターネット中継

 パソコンをいじるのが十数年来の趣味だったが、インターネットのすごさを直感した6年前に、「将棋の経験とパソコンの知識を生かして、ファンに新しい将棋の楽しみ方を提供する仕事をライフワークにしよう」と思い立ち、フリークラスへの転出を決めた。

 そんな私に、昨年「竜王戦七番勝負をインターネットで中継することはできませんか?」という仕事の打診があった。できるも何も、そんなプログラムを作っただけで棚ざらし。使うあてもなく、中継のアイデアも埃をかぶっていた私にとって、まさに夢のような仕事だった。

 インターネットのホームページに指し手を送信し、掲示板を設けてここで実況中継を行うというのが、私の考えた新しい将棋の楽しみ方の一つだ。これだけでテレビ棋戦と同じような実況中継の雰囲気が味わえるが、インターネットの特徴である双方向性を生かして、掲示板にファンからの質問や感想が書き込めるため、ファンとの会話形式で世界中に大盤解説のライブを送り届けることができるのだ。

 今期竜王戦、藤井竜王に挑むのが最強の刺客・羽生四冠という絶好のカードになったこともあり、今年は第4局終了の時点で通計百万人!の来場者を突破するほど、ファンの支援をいただいた。

 ということで、本局の観戦記は今期竜王戦七番勝負のすべてをリアルタイムで楽しんだ者として、ライブ感覚でつづってみたい。

(中略)

二つの対立軸

 数年前に巻き起こった羽生の七冠フィーバーは、多くの人の目を将棋界に振り向かせ、当時のタイトル戦前夜祭などは、あまりの羽生人気に対戦相手がかすんでしまうほどだった。このところは藤井が竜王戦史上初の三連覇を達成し、しかも前期は羽生の挑戦を退けており、一年を経た二人の再戦は、『新旧の頂上決戦』という雰囲気が生じてきた。

 いまの将棋界は、昭和57年に奨励会に入った、羽生四冠、郷田棋聖、佐藤九段、森内八段らの居飛車党を中心に展開していることはご存知のとおり。

 57年組の圧倒的な存在感に挑みかかるのが、ここ数年タイトル戦に登場するようになった藤井竜王、久保七段、鈴木六段らの後輩グループで、彼らはみな四間飛車党であることに要注目。「57年組対後輩グループ」という対決は、実は「居飛車党対四間飛車党」という対決の構図でもあるのだ。

 だから今期竜王戦は、両党首の名誉をかけた公開討論会のようなものだ。当然予想された藤井の四間飛車に、本局での羽生は▲5七銀左と上って急戦の意志を明確にした。

1図以下の指し手
△1三香▲4六歩△5四銀▲3七桂△3二金▲6六銀△6四歩▲5五歩△6三銀引▲5七銀上△4三金▲4五歩(途中図)△7四銀▲5六銀△3五歩(2図)

手損のかけひき

 この七番勝負で、羽生は「事前に作戦は決めず、局面の流れで対応を考えた」と語っている。

 1図の陣形などはまさにそれで、藤井に対して「△5四歩型か△6四歩型のどちらですか?それによって作戦を考えますよ」とゲタを預けている。

 さあ、それで藤井の選択は?と見ていたら、何とさっき上がったばかりの香をもう一つ上がる△1三香だった。

 後手番での明らかな一手損だから、私のように化石に近い将棋感覚では受け入れにくいのだが、「高美濃より美濃囲いの方が急戦には適している」のは事実で、さらに一段金の方が飛車角の打ち込みに強いという実例も、藤井の実戦には散見されるのだ。

 そこで羽生は、後手の手損がマイナスになるように中央に位を取り、やや持久戦へと進路を変えた。

 そうして▲4五歩と仕掛けた途中図で一日目の指し掛けとなり、藤井が手を封じたが、翌朝開封された封じては、控え室の誰もが予想しなかった歩越しの△7四銀だった。

 平凡な△7四歩だと、▲4六銀と右辺に上がられる可能性もある。△7四銀で▲5六銀を強要し、△3五歩の桂頭攻めのカウンター……これが藤井のねらいだったことは譜を追って初めて分かったが、手損を逆に得に変えようという強い意志。最先端は深遠だ。

(つづく)

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竜王戦インターネット中継掲示板再現①

  • 5筋位取り戦法。かつての中原-大山戦のようで、なつかしい感じがしますね。年齢がばれそう……(羽生七冠アゲイン)
  • 今期竜王戦は封じ手をしたほうが毎回勝っています。竜王が40手目に78分長考して封じたのも意味深です。封じては持久戦を目指し△7四歩だと思います。(馬の助)
  • 小林先生の「小林健二と脇謙二(NHK解説者と立会人)でWけんじ」のしゃれには、一瞬さぶい風が流れたような気がしました。さすが関西棋士!(ぴー)
  • 対局場の金庫の中の封じ手を開封して見たら△3五歩で、夢の中では▲同歩△1五歩▲2六飛と進みました。(ごまのすけ)
  • △7四銀を予想します。ここは当たって砕けろでしょう。(将棋一筋)
  • 封じ手の音声予想、メッチャ良かったです。夜中の3時にPCの前で一人不気味に笑ってしまいました。(ジュエノ)
  • 高橋和さんの音声は36秒もあり、楽しく聞かせていただきました。
  • アメリカから楽しませてもらっています。音声に続いて、次はぜひ控え室や大盤解説会での動画配信はいかが。(オハイオ)

(つづく)

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ここまで挑戦者の羽生善治四冠(当時)の3勝1敗。

この対局で羽生四冠が勝って、竜王位を奪取する。

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竜王戦のインターネット中継が始まったのが、この前年の2000年の竜王戦七番勝負の時から。

それ以前は、王位戦七番勝負でインターネット中継が行われたことがあったが、解説はなく、進行に合わせて局面が更新されるというもの。

指し手の解説や控え室の様子などが盛り込まれた(現在のインターネット中継の様式)のは、竜王戦インターネット中継が初めてのことだった。

中継掲示板は、現在のTwitterとほとんど同じ感覚。

これは当時としては革命的なことであり、竜王戦インターネット中継は2002年の将棋ペンクラブ大賞特別賞を受賞している。

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「高美濃より美濃囲いの方が急戦には適している」

これは個人的な話になるが、私は美濃囲いや片美濃は大好きだけれども、高美濃、銀冠、ましてや木村美濃にはしたくないタイプ。

元々が、石田流か向かい飛車にして、美濃囲いまたは片美濃が完成したら攻め出すというワンパターンの私。

高美濃や銀冠になってしまうときは何か良くないことが起きているわけで、高美濃や銀冠になった時の勝率は非常に悪い。

振り飛車名人と呼ばれた大野源一九段は、デフォルトが美濃囲い、持久戦になったとしても美濃囲いの形に銀が追加されるダイヤモンド美濃、あるいは美濃囲いの玉頭に銀が乗っかった銀冠美濃だった。

大野源一九段に傾注していた私なので、高美濃・銀冠にしたくないという意識は、大野源一九段の影響によるものであることは間違いない。

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「小林健二と脇謙二でWけんじ」はかなりな傑作だと思う。

ネット中継黎明期にして、このようなことを取り上げた中継記者も凄い。