「直子。その靴下の色はなんだ。補導するぞ」

将棋マガジン1984年7月号、東公平さんの第6期女流王将戦〔林葉直子女流二冠-長沢千和子女流二段〕三番勝負第1局観戦記「独り立ちした林葉直子」より。

 5分前に林葉さんが着席。ほどなく長沢さんがスッと入って来て下座に着くと林葉さんは、鋭い目で挑戦者の顔を見た。この一瞬から私は「直子ちゃん」とアイドル視するのはやめようと思った。

(中略)

 余談その1。前夜、同行の父君と共に対局場の下見をした長沢さんがふざけた。「直子ちゃんの歩きそうな所に落とし穴を掘っとこうかしら」

 10時丁度、佐瀬八段の開戦宣言。一礼して林葉さんが▲7六歩。

(中略)

 余談その2。挑戦者の父、長沢正さんは長野県名人、北信越山静名人などの棋歴を持つ強い五段。セコンドよろしく付き添って来たのは全く予定外。松本市から東京の将棋会館まで一人娘の晴れの旅立ちを見送りに来た。別れて、奥さんと二人で喫茶店に入った。「ねえ、やっぱりあんた、一緒に行ってやってよ」「切符が取れないだろ」「さっき、市場新聞の五十嵐さんが行かれなくなって一枚余ると言ってたわ。あれをもらって来る」で、飛び入り随行となった。

 千和子さんも正さんも、北海道は初めて。飛行機に乗るのも初めて。まったく愉快な父さんで、うっかり余談を続けていると「長沢父子珍道中記」ができ上がってしまう。

 余談その3。千和子さんは19歳、正さんは38歳。殆んど、親子には見えない。千和子さんは恥ずかしいので、わざと人に聞こえるように「お父さん」を連発するくせがついてしまった。

 余談その4。直子さんの父、恵男さんは警察官。長沢・父とは対照的な厳しい人。直子さんがピンクのハイソックスをはいているのを見つけて叱り飛ばした。

「直子。その靴下の色はなんだ。補導するぞ」

(中略)

 余談その5。ピチピチギャルの千和子さんは北海道新聞のオジサマ達に大もて。「美人だ。飽きの来ない、いい顔」が代表的ほめ言葉。ホテルのロビーでは、ちびっ子たちにつかまって、ていねいに相手の名前まで入れたサインをする。布袋様のような腹の(体重90キロ)お父さん、わが事にようにうれしいエビス顔。

 昼休みが近づき、能智さんが「直子ちゃん、昼は何にする?」と世話役にまわる。「何があるのかしら」「あ、いけねえ、メニューを忘れた」と去る。ドサッと三冊、でっかいメニューを持って来た。林葉さんはしばらく見ていたが、心は盤上を離れず、なかなか返事をしない。「チカちゃん何にする?」「林葉さんと同じでいいです」「同じって、まだ何も言ってないよ」。結局「ポークカレー」「私も」と決定。その他大勢は名物の石狩ラーメン。

(中略)

 余談その6。前日の夕方ホテルに入ったが、浮き浮きと外出した長沢親子。道新の歓迎夕食会があるのを忘れ、ラーメンとカツをしっかり食べて戻って来た。千和子さん、おかげで大好きなジャガイモを残す破目に。「おなか一杯なのに食べるって、苦しいものですね」

(中略)

 余談その7。対局後もまた道新の接待を受けて楽しい夕食会。弦巻カメラマンが最終便で東京へ帰ると聞いて長沢・父が「私たちも帰ろうか」と言い出した。「奥さんが恋しくなったんだな。さっき、ツマヨウジを一本ください、って言ってた」と能智さん。結局帰ることにした父、「ちか子。ごちそうはちゃんと頂けよ。あと五分ある」。目を白黒させながらステーキにかぶりついた千和子さんは純情可憐。

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林葉直子女流二冠(当時)が奨励会を退会した直後の頃。

この時の対局は林葉女流二冠が勝っている。

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対照的なキャラクターの二人のお父さんが面白い。

調べてみて初めて知ったことだが、林葉直子さんのお父さんは1994年に「娘の怒鳴り方―熱血オヤジの体当たり的教育論」という本を出している。

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この頃の女流王将戦は市場新聞社が主催しており、北海道新聞も協力していた時期があった。道新は北海道新聞社のこと。ちなみに道銀は北海道銀行のこと。

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「美人だ。飽きの来ない、いい顔」

すごい表現だが、、、気持ちはわかるが、やっぱりすごい表現だ。

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対局場は札幌全日空ホテル(現在のANAクラウンプラザホテル札幌 )。

ススキノにはやや近い所。

ラーメンとカツ両方を食べられる店があったのか、あるいはカツを食べた後にラーメン店にも行ったのか。

どちらにしても、両方食べたくなってきた。

 

 

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