近代将棋1973年3月号、町田進さんの「将棋夕話 倉島竹二郎氏の巻」より。
夕暮れちかく、わたしたちは、海の見えるレストランで食事をした。ビーフステーキや西洋野菜をたべた。
以前からきいてはいたが、倉島さんの健啖ぶりはみごとだった。運ばれた皿をとどこおりなくたべた。
たべながら将棋界や棋士の話を倉島さんからきくことにしよう。
―現在の棋士はみんな小粒になって、サラリーマン化したなどという人もいます。将棋指しを棋士と呼ぶようになってから、どうもスケールが小さくなったという人もいますが、これは面白いですね。
「人間のスケールが小さくなったのは、将棋界に限ったことではないでしょうが、気骨のある人間が、各界を通じてだんだん減っていくのはさびしいですね」
―気骨という言葉が出ましたが、棋士を見渡して気骨のある人物がおりますか。
「さよう。一人だけあげれば亡くなった山田道美九段というところかな。生きていれば、真価を発揮したろうに」
―各棋士の短評を願いますか。
「内藤王位は頭が良くてさわやかだ。僕の好きな棋士の一人です。中原名人は洞察力があって、折にふれて敬服させられることが多い。加藤一二三八段は、孤独に堪えながらじっと自分に磨きをかけているようなところがある。米長八段は、才気が先行するが、、そのうち変わるだろう。二上八段は一日も早く連盟の役員なぞという俗事をやめて将棋一筋に帰ること。せっかくの才能が泣きます。大内八段は、好漢です。利巧な人です」
等々返ってくるのは、賞賛に近い言葉ばかり。欠点や短所はあるだろうに、そこを衝くのも愛情の表現ではなかろうか。
「ところが違うのだな。欠点や弱みを衝かれて、反省するのは、ほんとうに偉い人で、ほとんどが、滅入り込んでしまったり、或いはカゼン敵意を抱いたりする。敵意を持たれても、こちらの発言が、よりよく生かされるのなら、いっこうに構わないのだが、これまでの長い経験でそういうことは滅多にない。いうならば、欠点を衝く言葉は植物の若芽に対する氷霜のようなものだ。すこしオダテるぐらいに賞めて、そのために長所がすくすく伸びるなら、結構なことではなかろうか」
三十有余年、盤側にいて、棋士を眺めつづけてきたこの人ならではの言葉である。
窓外の海はとっぷり暮れて、潮騒がきこえてくる。わたしたちは、どれほど将棋界のことについて語れば足りるのであろうか。
「棋士の剪定師としてご活躍を願います」
とわたしは別れぎわに言った。
「剪定師ですって、なれるものならなりたいが、哀れが先に立って、切る枝もよう切れんようでは……」
誠にいい言葉であった。
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故・倉島竹二郎さんは第1期名人戦以前から観戦記を書いていた名観戦記者。
その倉島さんであってさえも、棋士に忠告をすると……という話。
勝負師としての美点の裏返しの部分なのかもしれない。
ただ、これは40年以上前のこと。