谷川浩司九段が選ぶ自身の妙手ベスト3

将棋世界2005年5月号、山岸浩史さんの「盤上のトリビア 最終回 『人間にとって終盤は大変である』」より。

「あの人」がいない

「将棋は創造だ」と升田幸三は言った。この世で一番好きな言葉は「新戦法」である私としても、プロにはつねに新手を追求してほしいと思う。そして実際に、トップ棋士たちの対局は創造の連続であることを島朗八段著『島ノート』の編集をとおして知ることができた。新手には「○○流」とできるだけ創案者の名を記すようにしたところ、当時のA級棋士のほとんどが名を連ねたのである。

 ところが、目次を見ていて「おや」と気づいたことがあった。ある棋士の名前がない。それも超一流の……。もちろんこの本だけで即断はできないが、この人が創造にあまり熱心でないとしたら残念だ。かつての「宿命のライバル」として、問いたださずにはいられなかった。

 た、谷川先生は、やっぱり新手とかにはあんまりご興味がないほうですか?

「そんなことはないんですが(笑)、私は創造派ではありませんからね。自分では修正派の棋士だと思っていますので」

 こちらが脱力するほどあっさりとした、谷川浩司九段の答えだった。

 去年は升田幸三賞を受賞されましたが、新手ではなく、中盤で銀をただ捨てした妙手(島八段とのA級順位戦での△7七銀成)が対象でした。でも本当は、画期的な谷川新定跡を編み出したときに受賞してほしかった気もするのですが。

「自分でもあの賞は意外でした。私には一生縁がないと思っていましたから」

 序盤ではオールラウンダーをめざしていると谷川九段はいうが、なんでも指すことと新しいものを創るとは違う。

「早く終盤になればいい」と言い放ち、圧倒的な寄せの力で時代を築いた英雄は、創造に背を向けて戦い続けるのか……。

 だが、がっかりするのは早いようだ。いま、谷川九段は眼鏡を指で持ち上げ、こほんとひとつ咳払いをした。彼はこれから、何かをいおうとしている!

人間だからできること

「しかし、せっかく選んでいただいたのに恐縮なのですが、あの△7七銀成は、私のなかではベスト3にも入らない手です」

 出た~!では、自身が選ぶ谷川妙手ベスト3は?と聞くと、谷川九段は作品名を挙げるようにすらすらと答えた。

「やはりベスト1は平成8年の羽生さんとの竜王戦第2局の△7七桂(1図)です」

△7六歩を厳しくする鮮烈な桂打ち!

「次が、平成4年のやはり羽生さんとの竜王戦第1局での一連の寄せ(2図)」

2図以下▲8九玉△8八歩▲同金△7九飛▲9八玉△8九銀▲同金△同飛成▲同玉△8八銀まで後手勝ち

「そして3つめは平成2年、佐藤康光さんと戦った王位戦第7局での△9五飛(3図)ですね」

9二にいた飛車が歩を取って飛び出した

 なぜこんな妙手が浮かぶんでしょう。

「それは私が詰将棋を解くだけでなく、創作もしていることが役に立っていると思っています。解くのは与えられたものに対応するだけですが、作るほうはゼロから、自分が作りたい理想の手順を思い描くわけですね。そのため実戦でもこうなれば詰みだな、と自分に都合のいい手順がイメージできるようになり、終盤の入口で寄り形が早く浮かぶんです」

 すると「光速の寄せ」とは寄せるのが速いというよりも、寄り形をつくるのが速いということなんですね。

「ええ、だから私は自分を”終盤の創造派”だと思っています」

 そんな言葉、初めて聞きました。

「私も初めて言いました(笑)」

 谷川浩司もまた創造の人だった。ただその土俵は序盤ではない。いまやコンピュータに征服されつつある領域のわずか手前、人間に創造の余地が残るぎりぎりのラインでこそ、光速流は光り輝くのだ。

 だがその一方で、人間の想像力など根こそぎ否定しかねない怪物も現れた。

(つづく)

* * * * *

まさに「最光速の寄せ」。

「光速の寄せ」を30秒だけで説明しろと言われたら、実例として必ず出したくなりそうな△7七桂。

凄い妙手の数々。

ベスト1の△7七桂が指された一局→光速の寄せと、迫真の描写

ベスト2の一連の寄せの一局→谷川浩司竜王(当時)の△5七桂

* * * * *

「それは私が詰将棋を解くだけでなく、創作もしていることが役に立っていると思っています。解くのは与えられたものに対応するだけですが、作るほうはゼロから、自分が作りたい理想の手順を思い描くわけですね。そのため実戦でもこうなれば詰みだな、と自分に都合のいい手順がイメージできるようになり、終盤の入口で寄り形が早く浮かぶんです」

これは、詰将棋の創作も行っている現在の藤井聡太七段にも通じることなのかもしれない。

 

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