ドラゴンクエスト風将棋相談室(大魔王編 最終章)

将棋世界2001年9月号、佐藤紳哉四段(当時)の「将棋カウンセリング」より。

「よくここまできたな、わっはっは」

 今、オレの目の前にいるのは大魔王だ。オレは、あれからも様々な化け物たちの質問に正解を続けてきた。何度もくじけそうになった。しかし、そのたびに父さんやじいさん、そして町のみんなを思い出し、乗り越えてきた。さあ、これからが本番だ。オレは今、気合いがみなぎっている。

A.△4五角戦法について

 △4五角戦法(横歩取り)が4月号に掲載されていたのですが詳しく教えてください。

(愛知県 Tさん)

A.はめ手に注意

 ついに大魔王との対局が始まった。大魔王は、肌の色が青いことを除けば人間とさほど変わらない。ただ、並々ならぬ妖気を感じ、顔を見るのも怖いくらいだ。

 将棋も力ずくで圧倒しようとしているのか、1図のように進んだ。横歩を取った手に対して、△8八角成▲同銀△2八歩▲同銀△4五角と打ってきたのだ。

 オレの胸は高鳴った。超急戦の△4五角戦法だからだ。少しでも気の抜けた手を指すといっぺんに持っていく力のある恐ろしい戦法だ。

 例えば、1図から▲2四飛△2三歩▲2六飛△6七角成となれば、たちまち後手必勝形である。

 ただ、この戦法はじいさんと、たくさんの実戦をこなしていて、先手を持って自信を持っていた。じいさんも、先手有利が定説と言っていた。しっかり指せば勝てる、オレはそう思った。

 1図から▲2四飛△2三歩▲7七角△8八飛成▲同角△2四歩▲1一角成△3三桂▲3六香(2図)と進んだ。

 最初の▲2四飛に、△2三歩を打たずに△6七角成は▲同金△8八飛成▲2一飛成で先手有利だ。そして、△2三歩の時に▲7七角が好手。途中、後手にもいくつか変化はあるが、いずれも先手よしになる。2図の▲3六香は迷った。

「▲8六飛でも先手有利じゃ」と、じいさんが言っていたからだ。

 迷った時は積極的に。オレは、▲3六香の方を選んだ。この局面は、後手の方にいろいろな手段がある。大魔王の長考中、対策を確認する。まず△8七銀。▲同金は△7九飛で大変だが、▲7九金で有利。△6六銀も厳しい手だが、▲5八金で先手有利だ。

 形勢に自信を深めていったその時、大魔王の指した手は△3六同角だった。そうだ、その手もあったんだ。しかし、この手はじいさん相手に指したことがある。

 じいさんと指した将棋は、以下▲3六同歩△5四香▲8五飛と進んで、先手が勝った。その時後手を持っていたオレは、▲8五飛という手にえらく感動した記憶がある。この飛車の意味は、△4五桂とともに、△5七香成▲5八歩のときの△8八飛という必殺技も防ぐ絶妙手なのだ。きっと大魔王は▲8五飛に気づいていない。オレは、どきどきしながら▲3六同歩と指す。すると、またも意外な手を指された。△5五香(3図)

 なんだこれは、こんな手は初めて見た。びっくりはしたが、ありがたいと思った。なぜなら△5四香のとき有力な▲8五飛が、この場合さらに香取りにもなっているからだ。

 オレは喜んで▲8五飛と打つ。すると、大魔王はにやりと笑って瞬時に△2五飛と返してきた。その時すべてを悟った。2八の銀を受けると△5七香不成で飛車を抜かれてしまう。また、▲8一飛成は△2八飛成で簡単に攻め合い負けだ。この後は、いくばくもなくオレは負けた。今考えてみれば、△5五香には▲6六角と受けておくくらいで先手優勢だった。△5五香は、いわばはめ手だったのだ。

 もう一番チャンスを欲しい。オレは大魔王にすがった。

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将棋世界2001年10月号、佐藤紳哉四段(当時)の「将棋カウンセリング」より。

 オレは今、最高に幸せだ。町に平和が戻り、自由に、そして楽しく暮らしている。町のみんなはオレを英雄と呼ぶ。外を歩くと人々の視線が熱い。近々、銅像が立つなんて噂もある。オレは、ちょっと恥ずかしい。

 それにしても大魔王との戦いは、苦しかったなんてもんじゃない。そう、実際一局負けた時点で、オレの命は奪われていてもおかしくなかったのだ。ただ、オレにとって幸いだったのは、その将棋があまりにも完敗だったことだろう。大魔王は油断したのか、3番勝負の申し入れをあっさり受け入れた。そしてオレは、2局目、3局目を連勝して約束通り、大魔王はこの町から出て行ったのだ。

 今でもあの時のことは毎晩、夢に見る。自分でも信じられないような力を出せた。何よりの勝因は、2局目から作戦を変えたことだろう。オレの秘策は「右玉」だった。

Q.右玉戦法の指しこなし方

 僕は、将棋を始めて7年目に突入しますが、最近「右玉」戦法を使うことが多いです。ぜひ、右玉の長所、短所、指しこなし方を教えてください。

(北海道 Wさん)

A.カウンター狙い

 1局目を敗れたオレは「右玉」戦法を使うことを決意した。「右玉」はじいさんが得意だった戦法で、オレがじいさんの「右玉」を相手にすると、いくら攻めていっても、ある時はいなされ、またある時は、不思議な感覚でやられてしまうことが多かった。摑み所がなく、受け身で柔らかい戦法という印象を持っていた。

 じいさんは「攻めっ気の強い相手には特に有効じゃ」と言っていた。大魔王の棋風を考えると成功する確率が高いと判断し、採用を決めたのだ。

 2局目は案の定、作戦が的中した。角換わりから右玉にしたオレは、千日手含みで待つ。すると大魔王は無理攻めをしてくる。そこにカウンターで決める。という右玉の理想的な展開で勝つことができた。ただ、終盤は少し追い込まれた。玉形が薄いので勝ち切るのは大変なのだ。

 そして運命の3局目。オレは迷わず「右玉」を連採した。ただ、一口に「右玉」といってもいろいろな形がある。2局目のように角換わりの進展形もあるし、矢倉模様からの変化もある。本局は振り飛車風の出だしから1図に進展した。

 図の先手玉が右玉の基本型だ。

「右玉は自分から攻めるな。自玉と攻め駒が近いので、反撃がきついのじゃ」というじいさんの言葉を頭の中で繰り返しながらオレは戦った。そうなのだ。むやみに自分から動いていくと、逆に玉頭に厚みを作られてしまうことが多い。すると、玉と飛車が接近しているだけに当たりが強く、形勢を損ねる結果になる。

 1図は、後手の7筋交換に対して▲5六銀左と上がった局面。ここまでオレは▲4五歩△同歩▲同桂という感じで攻めたいのを我慢して駒組みを続けてきた。一歩を手にして、さらに力をためた▲5六銀左で手応えを感じた。1図で△7四銀ぐらいだと▲4五歩△同歩▲2四歩△同歩▲2五歩△同歩▲同桂△4四銀▲2二歩△同玉▲3三桂成といった攻めが決まる。

 1図から大魔王は△8六歩▲同歩△8七歩▲同金△8六角と攻めてきた。大魔王らしい鋭い攻めだが、この場合、裏目に出たようだ。以下▲8六同金△同飛▲7七角△8七飛成▲4五歩(2図)となって優勢を確立した。

 普通の相居飛車では、角金交換でも飛車を成られたら不利だが、この場合は玉が安全(竜から遠い)、飛車の利きでこれ以上の竜の侵入を防いでいる。▲4五歩からは△同歩▲2四歩△同歩▲2二歩△同玉▲2五歩と気持ちよく攻めて快勝した。まさに右玉の長所を生かした勝ち方といえるだろう。

 この対局後、あっという間に、町は復興した。そうそう、化け物に姿を変えられていた父さんは、元の姿に戻ることができた。今、オレの楽しみは、父さんと将棋を指すことだ。大魔王と指したような殺伐とした将棋ではなく楽しい将棋だ。

 平和な町で楽しく将棋を指す。これが一番だ。

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普段は、自分が指さないような戦法や長手順の変化などは棋譜を飛ばして読むことが多いが、このような構成だと棋譜を全部追ってしまうから不思議だ。真剣に読んだので、△4五角戦法と右玉戦法の雰囲気がとてもよく理解できた。

物語仕立での解説が効果的な分野もありそうだ。

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居飛車党ではないということもあるが、私は一度も右玉をやったことがない。もちろん△4五角戦法も。

右玉には独特な感覚が求められるのだろう。形はやや振り飛車に似ているが、振り飛車と同じような感覚で指したら、かなり酷い目に遭うと思う。

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それにしても、大魔王は1勝しているのに3番勝負を受け入れてくれたり、負けたら潔く町から出ていったり、ルールや約束をきちんと守っており、映画などで見られるような既存の悪の組織とは一線を画している。

対局の最中に主人公(オレ)を拉致したり、突然斬りかかってきたり、魔術をかけたりしても良かったものの、それでは物語が成り立たなくなるわけで、この辺も将棋というものの特性と言えるだろう。