中原誠十六世名人が絶賛した山崎隆之六段(当時)の一手(2005年NHK杯戦決勝 対羽生善治四冠戦)

将棋世界2005年5月号、第54回NHK杯テレビ将棋トーナメント決勝〔羽生善治四冠-山崎隆之六段〕観戦記「素晴らしい優勝」より。解説は中原誠十六世名人。

 今期の決勝戦は、羽生善治四冠と山崎隆之六段という新鮮な組み合わせになりました。羽生さんは昨年も決勝に勝ち進んでいて、この棋戦で過去に6回優勝しています。全棋士参加のトーナメントですから凄いと思います。

 山崎六段は関西のホープ。新人王戦で優勝したり朝日オープンも挑戦者決定戦に進出したりと活躍しています。(この後挑戦者に=編注)渡辺明竜王に刺激されている部分もあるのではないでしょうか。これからが楽しみな存在です。

 私はテレビで解説を務めたのですが、この二人の対戦は戦型予想がまったくつきませんでした。

 羽生四冠はもともとオールラウンドプレーヤーですが、山崎六段も居飛車党でありながら結構いろんな将棋を指しています。どちらが先手になるかによっても変わってきます。

 振り駒の結果、羽生四冠の先手になりました。

(中略)

 戦型が注目されましたが、6手目に山崎六段は早くも△8八角成と角交換。後手番で手損するだけにちょっと不思議な感じがしますが、先手に左美濃に組ませないという利点はあります。

 山崎六段は△2二飛と向かい飛車に振りました。ただ、これは△3三銀から△2四歩とただちに攻めようというのではなく、このあと玉をじっくり囲ってゆっくり指そうというもの。私などには違和感がある指し方ですが、現実的にやられてみると結構難しいみたいです。

(中略)

山崎羽生1

1図以下の指し手
▲4五銀△4四歩▲5六銀△3三桂▲1五歩△4五歩▲3五歩△同歩▲4五歩△5五歩▲同銀△4二飛▲4六銀△8五桂(2図)

 羽生四冠は▲4五銀と出ました。次に▲3四銀と歩を取ってしまおうという手ですが、ずいぶん露骨な手だなと思いました。しかしもっと驚かされたのは、ここで山崎六段が持ち時間を全部使いきってしまったことです(笑)。まだ戦いに入ってもいない局面ですからね。

 3四の歩を受ける手はありません。長考の末山崎六段は△4四歩と突きました。▲3四銀なら△5五歩ぐらいでしょうか。そこで▲2四歩と攻めても△同歩▲2三歩に△3二飛が銀に当たり、以下▲2四飛には△5一角でうまくいきません。

 △4四歩に対して、羽生四冠は歩を取らずに▲5六銀と引きました。手損のようですが、△4四歩ト突かせたことにより△3三角などでコビンを狙われる手がなくなった意味があります。それに後手が時間を使い切ってきれたので、先手としては満足といったところでしょう(笑)。

 さて、山崎六段の指し手が難しい局面ですが、△4五歩は思い切った手でした。▲同歩なら△4二飛と回ってさばこうという狙いです。対して羽生四冠の▲3五歩は機敏でした。△同歩と取らせてから▲4五歩と取れば、△4二飛には▲3四歩があります。山崎六段は△5五歩と突き捨ててから△4二飛と回りました。今度▲3四歩には△4五飛と走れます。この辺りの応酬はなかなか面白いですね。

山崎羽生2

(中略)

山崎羽生3

3図以下の指し手
△5六歩▲同歩△5七歩▲6八金△3九銀(途中図)▲3八飛△5八歩成▲同飛△4七角▲4五銀△5八角成▲同金△2八飛(4図)

 3図の局面では、私もずいぶん先手がよくなったなと思いました。一方的な将棋になってしまうのではと心配したくらいです(笑)。

 しかし、山崎六段の△5六歩が好手、厳しい反撃でした。そんなに単純な将棋ではなかったようです。

 先手としては▲4五銀と桂を取りたい所ですが、△5七歩成▲同金△3九角▲5八飛に△4九銀と打つ筋があり大変。だから▲5六同歩と取る一手です。

 △5七歩に羽生四冠は▲6八金と寄りました。当然の手に思えましたが、結果的には▲5九金と引いた方が勝っていたかもしれません。というのも、本譜の△3九銀(途中図)が素晴らしい手だったからです。これが利いたのが大きかったですね。

山崎羽生4

 つまり▲5九金の形なら△3九銀には▲6八飛や▲2六飛と逃げておいて大丈夫ですが、▲6八金の形は△3九銀に▲6八飛とできませんし、▲2六飛には△5九角の両取りが生じてしまうわけです。

 恐らく羽生四冠は△3九銀がこんなに厳しい手だとは思わなかったのではないでしょうか。

 △4七角から後手に飛車を持たれ△2八飛。先手陣は飛車打ちに弱い形なので痛打です。▲4八歩も利きません(二歩)。やはり▲7七金型の欠点が出ています。

山崎羽生5

4図以下の指し手
▲4七角△4八銀成▲3七角△4七成銀▲2八角△5八成銀▲2二飛△6三金左▲6五桂△6八成銀(5図)

 △2八飛に羽生四冠は▲4七角と受けました。▲6七角も考えられますが、平凡に△2九飛成とされ、以下▲4二歩成△同金▲同とには△同飛が4五の銀に当ってきます。また、後手に歩を渡すと△5七歩と叩かれる手ができるので嫌だったと感想がありました。しかし、苦しくともこう指すしかなかったかもしれません。

 ▲4七角以下、本譜の順は、羽生四冠にしては考えられないくらい損な展開になりました。二枚替えの上に成銀まで活用され、後手が圧倒的に得をした形です。恐らくこの辺りの手順に羽生四冠の誤算があったはずです。解説室のモニターを見ていても少し慌てたような雰囲気が感じられました。

山崎羽生6

(中略)

山崎羽生7

 本局は、最後の最後まで面白い将棋で、決勝戦にふさわしい好局でした。山崎六段はNHK杯トーナメント初優勝。羽生四冠を破っての優勝は素晴らしいと思います。

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△3九銀(途中図)は、私が50年考えても思い浮かばない手だ。

▲3八飛△5八歩成に▲同金なら△4九角がある。▲1八飛と逃げても△2七角成で飛車は取られる運命。

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今日は電王戦 二番勝負〔山崎隆之叡王 vs PONANZA〕第2局(初日) が行われる。

今日と明日は、山崎叡王に声援を送り続けたい。