将棋世界1982年8月号、大島映二四段(当時)の「定跡研究室」より。
初手からの指し手
▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲2四歩△同歩▲同飛(指定局面図)▲2四歩△同歩▲同飛が成立するか、答えは否。
これは棋界の通説である。恐らくはこのことは今後も変わらないだろう。
あまりにも有名な定跡なので今さら解説する必要はないかもしれないが、なぜ先に角頭を突破しているのに不利になるのか、簡単に振り返ってみたい。
指定局面から予想される指し手は△8六歩であるが、この手は予想と言うより、絶対の一手である。それに対して先手の応手として▲2三歩と▲8六同歩がある。
変化1 △8六歩▲2三歩△8七歩成▲2二歩成△同銀▲2八飛△2七歩▲5八飛△8六歩にて後手優勢(変化1図)
▲2三歩。先に角を取るねらいであるが、結局角を手にしたものの後続がなく▲2八飛と引き下がるようでは失敗である。最終手△8六歩が良さを決定づける一手で単に角を取らず次のと金作りを目指す手が巧妙な一手。
変化2 △8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛にて後手優勢。(変化2図)
先の▲2三歩が悪いとなればこの▲8六同歩しかないが、変化2図となってはやはり後手良しである。駒の損得はないが馬の力がなんと言っても大きい。▲2二歩成に対しての△同飛は重大なところで、△同銀と取ると▲4五角と打たれてうるさい。△6二飛と受ければ▲5二歩がある。(変化3図)
しかし、△6二飛の手で△3二金▲6三角成で一局。
以上が指定局面における定跡であり結論でもある。
私もこの定跡には肯定している。
今回の指定局面対局は、先手不利の立場からのスタートとなった。
(中略)
指定局面における▲2四歩△同歩▲同飛と仕掛けた局面は先手不利、と言う定説はかなり古くからあったようだが、実戦例がない訳ではない。
実戦例その1
昭和8年12月、高段勝抜棋戦 ▲八段 花田長太郎 △八段 木村義雄(当時)
指定局面以下の指し手
△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同銀▲4五角△3二金▲6三角成△5二金▲9六馬△6七馬▲7八金△4五馬▲7六歩△6二銀▲7七銀△6三銀▲6九玉△4二玉▲5八玉△2七歩▲4八飛△3四歩(実戦例1図)長手数進めたが、実戦例1図では▲3九銀のさばきが難しく、後手の陣容勝ちだと思う。なお当時は▲2二歩成に対して△同銀と取る手が常識だったようである。
勝負は先手の逆転勝ちに終わったが、木村十四世名人は『駒の損得はないが△4五馬と引き、いつでも△2七歩打が利くので理論的に有利であると信じている』と記している。
(中略)
以上、二つの実戦例で言える事は、やはり先手不利であると言う事である。
私も指定局面からいろいろ考えてみたが結局は不利。従って今回のテーマは、いかに高橋五段が確実に勝ち切るか、またはいかに私が抵抗できるかという勝負である。
昭和57年5月31日 於東京将棋会館
▲四段 大島映二
△五段 高橋道雄指定局面以下の指し手
△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛▲6五角△3二金▲8三角成△6七馬▲7八金△3四馬(1図)△1二飛までは最初に述べた手順であり、先手が苦しいと書いた変化でもあるが、指定局面から指し継ぐとするならばこの順しかなかった。
1図でも確かに先手の指しにくい局面だが、不利を最小限に食い止めようと思ったのである。
「▲6五角では▲8三角もあった」と言う高橋五段の感想があった。
1図以下の指し手
▲6八玉△2三金▲4六歩△2四歩▲3六歩△8二飛▲6五馬△8六飛▲7六歩△4二銀▲5八金△8四飛▲6七金右(2図)1図から2図へ至る手順で、みすみす▲8六歩を只取りされたようだが、あまり▲8六歩にこだわっていると、かえって目標にされる恐れもある。歩損は初めからの事なのでここでは、▲8六歩を犠牲にして中央に厚みを加えた方が良いと思った。
2図以下の指し手
△2二金▲4八銀△3二金▲4七銀△4一玉▲3七桂△4四歩▲7七桂△5二金▲5六銀△2五歩▲7五歩△2四馬▲5七金△6二銀▲7九玉△3四歩▲4七金△3三桂▲8七銀△3一玉▲7六銀(3図)2図以下の指し手は、いわゆる駒組み合戦であるが、いかに優れた陣形を作るか、という事だけでなく、いかに相手の動きに制約を加えるか、という戦いでもある。
(中略)
本譜は▲4六馬と決断を見送ったために、△3四金と立ち直られてしまった。
▲3六金も悪い手で、大事な局面で一手損したのは実に大きかった。
その後もなかなか難しいところもあるが、9手連続と金を動かすという高橋流の攻めに押し切られてしまった。
<結論>
指定局面は、やはり先手不利。
しかし、頑張る余地はありそうだ。
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古来より先手が不利になると伝えられてきた指定局面図。
多くの棋書では、指定局面図以下△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角で後手よし、あるいはそこから更に進めて▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛(変化2図)で後手よし、までで解説は止められているが、その先には難解な世界が待ち受けている。
△5七角成の次の▲2二歩成を、△同飛と取っても△同銀と取っても、先手も馬を作れることには変わりはなく、先手が一気に悲惨な状況になるというものでもない。
もちろん先手の方が模様を取りづらいので、先手が好んで指すべき順ではないが、腕力に自信があって辛抱が苦にならない方にとっては、十分に効果のある奇襲戦法になりうるかもしれない。
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それにしても、花田長太郎八段- 木村義雄八段戦でこの順が指されているとは驚かされる。
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5月に行われた世界コンピュータ将棋選手権で3位に入賞した将棋ソフト「技巧2」と指定局面図から戦ってみた。(技巧2が後手で読みの深さレベル100)
すると、変化2図の△1二飛が定跡のところ、△8二飛と技巧2が指してきた。それではと▲4五角と打つと、技巧2は△5四歩。▲同角なら△8六飛▲8七歩△5六飛で先手はハメられてしまう。
ハメられてしまったところですぐに投了したが、この時は一手30秒の設定。
試しに、昨晩寝てから今朝起きるまでの間中考えてもらおうと、5時間の持ち時間にして技巧2に考えてもらったところ、13分の考慮時間で、やはり△1二飛ではなく△8二飛と指していた。
△1二飛と△8二飛、専門的にどちらが良いのかはわからないが、先手が馬を作れなくなったのは確かだ。
将棋は馬を作ることが目的のゲームではないけれども、これでは指定局面図にしてみようというモチベーションが下がってしまう。
まあ、指定局面図は奇襲なので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。