将棋世界1982年10月号、「突っこみインタビュー 新名人に聞く」より。
―詰めろのがれの詰めろ。絵に描いたような一手でした。では一番気に入っている将棋は。
加藤 うーん。一番うまく指せたのは第3局ですね。
―名人獲得はどなたに最初にお伝えになりましたか。
加藤 ええ、家族に電話で。ただ後援会の人が連絡してくれてて知ってましたが。
―加藤さんが新名人になって一番喜んでくれた人はどなたですか。
加藤 うーん、これは長考しないと無理ですよ。(笑)応援して下さっている方も大勢いますし、一人にはしぼれませんねえ。
―今度の名人交代劇は大きな話題になりました。取材の申込みもさぞかし多いのでは。
加藤 そうですね。今日までで(8月5日までの5日間)15件ほど来てますね。とても全部応じられませんので、NHK、週刊朝日、文藝春秋など6件くらい応じました。そうそう、もちろん将棋世界も入れてですよ。(笑)
(中略)
―今回の名人戦で少し変わったことといえば、加藤さんいままでみたいに食べなくなったんじゃないですか。
加藤 今まであまり食物のことばかり書かれたんでちょっと控えたんですよ(笑)。もちろんそれほど深い意味ないですよ。
―失礼ですが、名人戦の賞金というものはいくらくらいのものですか。庶民としてはそれが聞きたい。
加藤 うーん、確かにタイトル戦としては一番高額なお金をいただくわけですが、棋士は名人戦に関しては金抜きのいわゆる棋士根性でやってますからね。これは言わぬが花としておきましょう。
―名人をとったばかりで来年のことを尋ねるのもなんですが、来年、誰が出てきたらいやですか。
加藤 いや、これは誰がくるかわかりませんからね。(笑)まあ成り行きを見ているしかありませんよ。
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将棋世界同じ号の鈴木宏彦さんの編集後記より。
名人戦最終局の夜、対局室階下の事務室にいると、感想戦を終えた加藤新名人が電話をかけに下りてきました。もちろん家で待つご家族への第一報。ところが「モシモシ、モシモシ、オヤ加藤さんのお宅じゃないんですか。失礼しました」
加藤名人でも番号に見落としがあったようです。でもやがて「モシモシ、あ、ユリちゃんですか。パパですよ。ウンウン、そう。これからあとちょっとお仕事して11時半には帰りますからね、ハイおやすみ」の声。
ユリちゃんは小学校1年生。やさしいパパの声でした。
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「今まであまり食物のことばかり書かれたんでちょっと控えたんですよ(笑)。もちろんそれほど深い意味ないですよ」
いつもと違うことをやった場合、ペースを崩してしまったりするものだが、そのようなことなく名人位を獲得したのだから凄い。
それにしても、「今まであまり食物のことばかり書かれたのでちょっと控えた」だけでも十分に深い意味だと思うのだが
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加藤一二三名人(当時)の名人位獲得直後の最初の電話が間違い電話だったということになる。
当時は日本将棋連盟の電話もダイヤル式だったと思われ、また、大熱戦が終わった直後でもあるし、名人位奪取の高揚感もあっただろうから、ダイヤルを回す力の入り具合では間違い電話になる可能性は高かったと考えられる。
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私は経験がないのだが、自分の家へ電話をしたつもりなのに間違い電話だった場合、普通はどのような会話になるのだろう。
電話に出た瞬間に相手が名乗ってくれれば、「あっ、失礼しました。間違い電話でした」で終わるが、問題は相手が名乗らなかった時。
相手の声でほとんど判断はできるわけだが、これは違っているなと感じた時にどのように撤退するか。
相手が名乗る前に「あっ、失礼しました。間違い電話でした」もあるのだろうが、間違いなく不審がられそうだ。
ここで、あえて、「○○さんのお宅でしょうか」と聞く手続きを踏んでから、「あっ、失礼しました。間違い電話でした」と展開するのが手筋なのかもしれない。
しかし、加藤一二三名人の、
「モシモシ、モシモシ、オヤ加藤さんのお宅じゃないんですか。失礼しました」
は、電話をした瞬間に相手が名乗っているケースと思われ、そこであえて「オヤ加藤さんのお宅じゃないんですか」と付け加えているところが可笑しい。