将棋世界2003年4月号、スポーツニッポンの白石治記者の第52期王将戦総括「担当記者が振り返る七番勝負」より。
緒戦を落とした佐藤の巻き返しが期待された第2局。
舞台は変わって、みちのくは青森県の「奥入瀬渓流グランドホテル」。対局場周辺はぶなの木が群生し、間隙を縫って奥入瀬川が静かに水音を立てる。これを細かい雪が覆う。さらに雪が激しくなると後方の風景は墨絵に見える。
この対局場は阪神大震災の95年の第44期王将戦第7局、羽生が勝てば七冠となる大一番でも使われた。結果は谷川の防衛。記者も取材で訪れたが、千日手指し直し。締切り時間に追われての、やたらせわしない原稿書きが記憶にある。
羽生にとっては忘れようにも忘れられない地であると思っていた。ところが、前夜祭での羽生のあいさつは少なくとも記者にとっては意外なものだった。
「(奥入瀬は)雪が降っていたり、美しい景色を見ていて、場所や対局のことも少しずつ思い出しました」
あの指し手が痛恨の一着だった、あのときこの手を指しておけば……のコメントを予想していたが、そんな想像は吹っ飛んだ。盤上とはなんの関係もない、美しい雪景色の記憶が蘇ったと羽生はいうのだ。ああ、この人は後ろを振り返らない人なんだな、と実感した。なんと柔軟な知性の持ち主か。
(以下略)
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渋谷駅からNHK方面へ向かう途中、今はラーメン店になっているが、昔は「壁の穴」というスパゲティ専門店だった建物の前に電話ボックスがある。
大学3年の夏、この電話ボックスの扉を開けようとしたら、扉が顔にぶつかって、メガネが壊れてしまったことがあった。
この電話ボックスの近辺を通るたびに、私の頭の中ではそのことを自然と思い出している。
これはほんの一例で、私は結構昔のことを覚えている。
「あの時、ああやっていれば……」というようなことは考えないにしても、後ろを振り返る人間なのだと思う。
その点、羽生善治三冠の姿勢は素晴らしい。
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このブログは、過去を振り返っている記事だらけだが、まあ、そこはそれということで。
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1995年王将戦第7局の模様→「クライマックスはしめやかに」