石田和雄八段(当時)「この将棋は、森九段がその持ち味を十二分に発揮した名局ですね。この棋譜を名を伏せて並べても、後手番を持って指したのは森九段だ、と分かります」

将棋世界1988年10月号、第29期王位戦七番勝負〔谷川浩司王位-森雞二九段〕第4局「タイトル戦を斬る ―真髄を見せた森将棋―」より。石田和雄八段(当時)と青野照市八段(当時)の解説。

石田 これまでの戦いぶりから見ても森九段はとにかく将棋を型にはまらないというか、乱戦調の戦型に持ち込もうとしています。本局の作戦もその流れにそったものですね。

青野 木村義雄十四世名人全盛の頃に流行した戦法ですからね。おそらく森九段も公式戦で指したのは例がないのではないでしょうか。その意味でも確かに思い切った作戦でしたね。

初手からの指し手
▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩▲2五歩△5五歩▲2四歩△同歩▲同飛△3二金▲3四飛△5二飛(途中1図)

途中1図からの指し手
▲3六飛△6二玉▲4八金△4四角▲6八玉△7二玉▲7八玉△3三桂▲6八銀△4二銀▲4六歩△6二角▲4五歩△5四飛(1図)

石田 4手目の△5四歩がね。普通に振り飛車にするなら△4四歩のところをこう突いたというのが、何やら森九段狙ってるなという雰囲気ですね。

青野 ▲2五歩に29分の長考は、谷川王位もその気配を感じてのものですね。

(中略)

石田 ▲4八金は、△2七角の筋を避けた手です。対して森九段はすかさず△4四角としましたね。

青野 この形になれば、私は後手も相当ではないかと思います。先手の飛車が圧迫を受けそうな形ですからね。

石田 私もそう思いました。不定形のいわゆる乱戦模様の将棋に谷川王位を引っ張り込んで戦おうという森九段の作戦が成功していると見ました。

(中略)

1図からの指し手
▲3八金△2三金▲9六歩△5一金▲4八銀△3四金▲4四歩△同飛▲5五角△4五金(2図)

石田 ▲3八金と形を直すのに△2三金とは、私や青野さんのように形を重んじる棋風では考えつかん構想です(笑)。

(中略)

青野 しかし、△3四金に▲4四歩と突かれては一発食ったという気がします。

石田 ▲4四歩に△同角は▲3四飛で金がタダ。△同金は▲2六飛△2五歩▲2八飛と戻られてしまって当初の飛車イジメの構想が崩れますしね。しかも、この後▲2四歩や▲2二歩が受けにくい。―感想戦で、森九段は「△3四金はヒドかった。予定では△2四飛と回って▲2七歩とさせてから△3四金と指すつもりだったのに。単に△3四金と上がって目の前が暗くなっちゃったよ」と言っていましたが。

青野 なるほどね。△2四飛▲2七歩△3四金なら次の△4五金が受かりませんね。△3四金に▲5五角はいったん△3五金として▲6六飛に△4五金でね。

石田 角の行き場がないじゃないか。なるほど、これはひどいですね。

青野 実戦なら△2四飛▲2七歩△3四金には▲7五歩として飛車を通すんでしょうが、▲7六飛と回っても自分の玉頭でもあるわけで先手としては感心した形ではありませんね。

石田 なぜ予定なのにそう指さなかったのか。これは読者の皆さんも不思議に思われるでしょうが、実際よくあることなんです。フワッと予定と違う手を指しちゃうなんてことがね。理由は、本人にも分からない(笑)。

青野 おそらく森九段は、単に△3四金と上がっても本譜とたいして違わないと思ったんでしょうね。ところがノータイムで▲4四歩と切り返されてしまって、アレッと思ったんじゃないかな。

石田 森九段としては、模様の良かった将棋をバッと切り返されたんで、大ピンチですね。さすが、このあたり谷川王位鋭いですね。でも、この後がね、森九段強かったんですよ。

2図からの指し手
▲4四角△同角▲6六飛△1二角(途中2図)

石田 封じ手の△4五金(2図)は森九段らしい強い捌きを見た手です。本局ではこの手に限らず、随所に森流が出てきますね。

青野 ▲4四角△同角と飛角交換して▲6六飛に△1二角(途中2図)。この角打ちが▲2一飛を消しながら遠く先手玉をにらんだなかなかの手でしたね。

―寝ないで考えた手、と森九段は言っていました。

石田 ほんとに寝ないで考えたのかね。寝なきゃ次の日、頭がボーッとしてしまいますよ(笑)。

青野 △4五金と出れば一本道ですからね、▲6六飛までね。寝ないでは大げさですが、その後のことを十分考える時間があったわけで、その意味で森九段としてはいい所で封じ手にしましたよね。

途中2図からの指し手
▲2四飛△5六歩▲同歩△同金▲4四飛△同歩▲6五飛△5七歩(3図)

石田 △1二角に対する谷川王位の▲2四飛。これもなかなかの手でしたね。

青野 ▲2四飛では、筋として▲2三歩と打ちたくなるところですが、それは△6六角▲同歩△2四飛と切り返されてしまいます。本譜の▲2四飛は▲2二飛成を見せて相手の動きを牽制しているんです。場合によってはこの後にも出てきますが▲4四飛と切る手もありますし。

石田 お互いに飛角が入り乱れてのものすごい戦いになりましたね。

3図からの指し手
▲5九歩△7四歩▲4三歩△同銀▲2二角△7三桂(4図)

青野 ▲5九歩は受けないと△4九飛の打ち込みが厳しいですからね。こうして自陣のキズを消して相手に手を渡すというのが実戦での高級テクニックで、勝因につながることが多いんです。

石田 森九段95分の大長考で△7四歩は苦労したところだったですね。

青野 玉頭を開ける手ですからね。普通の感覚では浮かびにくい手ですね。―谷川王位も、何か変わった手で来られるだろうと予想はしていたけれど、△7四歩とは思わなかった、と言っていました。

石田 この辺が体で覚えた将棋、というところですかね。頭でなく、まさに体の中からしぼり出したという感じがする手ですね。

(中略)

4図からの指し手
▲3五飛△6四飛▲8八玉△3二歩▲1一角成△4五角▲6六香△5四飛▲4六歩△同金▲2一馬△5二金▲3一馬△5六角▲4七歩△2六歩(5図)

青野 ▲3五飛では▲3三角成もありそうです。当然、谷川王位も考えたでしょうね。▲3三角成以下△6五桂▲5一馬となってここでいったん△6二銀と当てるんでしょうね。▲3三馬に△5四銀ですか。

石田 これは先手も大変ですね。そこで谷川王位は▲3五飛と辛抱したと。

(中略)

5図からの指し手
▲5八歩△2七歩成▲5七歩△4五金▲3三飛成△同歩▲3九金△3八と▲同金△4九飛▲5九銀右△2九飛成▲4八金△5三歩(6図)

石田 ▲5八歩には驚きました。後の変化で△4七角成の時に6九の金に当たらないようにの意味ですが、それなら▲7八金と締まるのが本筋なのではないかと。

青野 そうですね。▲5八歩は次の▲5七歩に期待した手なんですが。

石田 その▲5七歩に△4五金と引いた手がちょっと気づかない名手ですね。角をわざわざ死んだ形にするんだから。

(中略)

石田 ▲5九銀右で▲5九金△2九飛成▲3九金と当てて受けるのは、△同竜▲同銀△4七角成と取れる角を逃げられてしまいますから先手いけませんね。▲5九銀右から▲4八金というのは柔軟な受けで、さすがは谷川、と思ったんですが、次の森九段の△5三歩(6図)が先手の馬の働きを抑えた渋い好手でしたね。

青野 ▲8六馬などと引き付けられると先手陣も堅くなっちゃいますからね。

6図からの指し手
▲5六歩△8四桂▲7八玉△7六桂▲7七銀△5六金▲5七歩△同金▲同金△同飛成▲5八金打△4八金(7図)

石田 ▲5六歩とようやくにして先手は角を取り切りました。▲5七歩と角に当ててからここまで実に12手も過ぎてるんですね。

青野 △8四桂が急所の一打です。この桂一本で寄ってしまうのだから恐ろしい。

石田 ▲5七歩で▲5八歩と低く受けるのでは△7五歩で先手に望み薄の形勢ですね。ここは強く受けて先手を取って勝機を見出そうとしたんですね。

青野 ▲5八金打とはじいて、竜が逃げれば▲7六銀と要の桂を抜いて頑張ろうというね。ところが、森九段の△4八金が、そうした先手の思惑を打ち砕いた強打でしたね。

7図からの指し手
▲5七金△5九金▲7六銀△6九金▲5五桂△5九竜▲6三香成△8一玉▲9五角△7九金▲7七玉△8五銀▲7三角成△7六銀▲同玉△7五金(投了図) 
 まで、112手で森九段の勝ち

石田 △4八金(7図)は、夕食休憩をはさんで49分の長考です。これで森九段は勝ちを読み切りましたね。

青野 金を打たれて、いやにあっさりと土俵を割っちゃった感じでしたが、ここでは先手玉は寄りになってますね。

石田 △4八金の手が入る前は、△5五竜▲7六銀でまだまだ大変な勝負と思ってたんですよ。まさに豪打でしたね。

(中略)

石田 この将棋は、森九段がその持ち味を十二分に発揮した名局ですね。この棋譜を名をふせて並べても、後手番を持って指したのは森九段だ、と分かります。そういう将棋でしたよ。

青野 谷川王位にしても、らしさは出してますけど、この将棋では森九段のそれが上回ったということですね。

石田 2-2のタイになって、俄然面白くなりましたね。

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森雞二九段の将棋の魅力を存分に味わえる名局。

森雞二九段は、この七番勝負を4勝3敗で制し王位を獲得する。

はじめは、△1二角(途中2図)の前後だけにスポットを当てようと思っていたのだが、棋譜を見てみると、序盤、中盤、終盤と、まさに森雞二九段らしさ全開の一局と知り、これほど長い記事になった。

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初手から途中1図まで。ゴキゲン中飛車の出だしに似ているが、これは戦前の横歩取り戦法。

青野照市八段(当時)が「木村義雄十四世名人全盛の頃に流行した戦法ですからね」と語っているのは、そのようなことを指している。

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将棋世界1989年1月号、特別座談会〔米長邦雄九段・森雞二王位・田中寅彦棋聖・森下卓五段・鈴木宏彦氏〕「89年も激動の1年に」より。

森 田中君の棋聖奪取、あれは中年族を発奮させてくれたね。ズルズルいってたら王位戦だってどうだったか。実はね、1勝2敗の時、福岡の第4局、はきかえのパンツがなくてね、大盤解説で来ていた田中君に買ってきてもらったんだ。

田中 棋聖のパンツで勝った王位(笑)。

森 あのパンツがききましたよ(笑)。

鈴木 それをはいて、寝ないで△1二角を考えた訳ですか?

森 ドラマ仕立てで言うとね(笑)。

(以下略)

 

 

 

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