羽生世代奨励会入会半年目の頃

将棋世界1983年5月号、滝誠一郎六段(当時)の「奨励会熱戦譜 新四段誕生の一局」より。

新入会員

 57年度入会した者も早や6ヵ月の月日が流れた。皆、平均して成績はいいようだ。

 我々の頃は、弱くても入会できたため半年間はほとんど勝てず、次の入会者を待って成績を上げたものだ。ところが最近は、入会した時点で相当な棋力を持っており、すぐに昇級していく者が目立つ。棋士のほとんどが、自分達の頃と比較して5、6級の者でも強いのに驚いている。同期で成績のかんばしくない者は、遅れをとらないように努力してほしい。

研究会

 有段者ともなると自分の決めた道に対し自覚を持って研究会という場で棋力の向上を求めているようだ。

 私の聞いた話では、研究会員は多少の会費を払い、優勝あるいは準優勝の者へそのお金を割り当てている。それと下位2、3名は、罰金を払う厳しさである。研究会では自分の不得手な戦型で指したり、指定局面を試しているようだ。また、人間的なつながりができ、数少ない友人を得られると同時に競争心が起き、会員にとってプラスになるであろう。こういう傾向は大変すばらしいことと思うので、やめることなく続けてほしい。

ハイキング、一泊旅行

 毎年春になると、ハイキングが行われ、運動不足の会員にとっては、気持ちのよい一日を過ごすと思う。(中には、迷惑がっている者もいるかもしれない)

 前回は、山のコースを選んだため、だいぶまいった者を見かけた。それでも夕食の時には全員はつらつとしてよく食べてくれた。

 今年もよいコースを選び、盤を離れて、清々しいアセをかきたいと思っている。

 秋には、一泊旅行が行われる。春のハイキングと違い親睦が主目的であり、級位者は、有段者に顔を覚えてもらうというのは、プラスになるのだから積極的にアピールして自分を知ってもらうことだ。

 昨年は、愛知県三谷温泉に一泊し、板谷進八段に世話をしていただき、トヨタ自動車工場を全員で見学させていただいた。普段将棋盤に向かっている奨励会員達が関心を持っていない世界を見ることができ、各自いろいろ心に期するものがあったと思う。これらの行事は、奨励会の時のよい思い出になるだろう。

(中略)

57年度の四段昇段者

<関東奨励会>
大野八一雄(椎橋五段門下)
加瀬純一(松田九段門下)
飯田弘之(大内八段門下)

<関西奨励会>
井上慶太(若松五段門下)
有森浩三(有吉九段門下)

大野八一雄
明るい性格で人付き合いが良い。将棋連盟卓球部の幹事をしている。趣味は、音楽、囲碁、ドライブ(最近免許を取ったばかりで、近くの喫茶店に行くにも車で行こうとするので仲間は呆れている)。女の子にもてそうなので少し心配である。

加瀬純一
ホストクラブのホストみたいに、いつもキメており、酒が強く、歌もうまく、さっぱりしていて実に気持ちがいい男だ。師匠がもっとも可愛がっている弟子だ。趣味は野球で、連盟の野球部ではレギュラーである。

飯田弘之
宗教に理解を示し、また、棋士ではただ一人の大学生(上智大学4年)である。奨励会の時に奨励会運動部の幹事をやってのけ、仲間から慕われている。趣味は、運動関係ならほとんどこなす。

(中略)

 四段というのは、あくまで出発点に立ったということに過ぎない。奨励会に入る時は、だれもが高い目標を持って入会しているはずである。そこで私が新四段の人達に言いたいことは、いつまでも高い目標を持っていて欲しい。五段、六段、七段というのは、目標までを一つの長い道にたとえると、連盟が適当なところに線を引いただけのものなのですから。

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昭和57年12月奨励会入会の羽生世代奨励会員、羽生善治5級、森内俊之5級、郷田真隆6級、関西奨励会で佐藤康光5級の時期。先崎学2級は前年の昭和56年入会。

「57年度入会した者も早や6ヵ月の月日が流れた。皆、平均して成績はいいようだ」と書かれているが、その後の時代に起きる大きな流れの序章であることは、この時点で奨励会幹事の滝誠一郎六段(当時)も想像はしていなかったことだと思う。

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「秋には、一泊旅行が行われる。春のハイキングと違い親睦が主目的であり」とある。

普通はハイキング=親睦ではないか、と突っ込みたくなるところだが、そうでないということは、ハイキングの主目的は体を動かすことによる気分転換なのだろうか。

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私はホストクラブについては詳しくないが、1983年の頃の「ホストみたいにキメている」というと、ソフトスーツにネクタイはロベルタ、カフスも身に付けている、という雰囲気になるのだと思う。

ただし、滝六段のホストに対するイメージが1970年代のものだったとしたら、濃紺のスーツに白いワイシャツ、髪型をバシッとキメた雰囲気となる。

1970年代のホスト

現代のホスト

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「そこで私が新四段の人達に言いたいことは、いつまでも高い目標を持っていて欲しい。五段、六段、七段というのは、目標までを一つの長い道にたとえると、連盟が適当なところに線を引いただけのものなのですから」は、素晴らしい贈る言葉。