将棋世界1986年11月号、伊奈嘉文さんの「関西奨励会突撃レポート」より。
神崎三段は気合が入っていた。相手が好調で、次の四段は彼ではないか、と噂される村山三段だったからだ。敵が強ければ強い程燃える男、それが彼なのである。
角換わりの将棋となった本局。後手村山三段の強引な動きを巧みに咎めた神崎三段が反撃し、圧倒的優位に立ったが、決め手を逃して形勢は混沌。終盤再び優勢となり、2図で神崎三段は勝ちを確信していた。
△7九馬に対して3種類の合駒があるが、これではっきり詰まないと思い▲8八銀打。
しかしこれが大悪手、△同馬▲同銀に△8六銀打で、絵に描いたようなトン死である。以下▲同歩△同銀▲9八玉△8八飛成▲同玉△8七銀打▲7九玉△7八桂成で詰み。戻って▲8八銀打では角合して、以下△8九馬に▲7四金△7二玉▲6三銀△8二玉▲7五金で変化はあるものの先手勝ちは動かなかったのだ。
「ああ、俺はアホだ。どうしようもないアホだあ」。神崎三段のボヤく事ボヤく事、奨励会が終わってから彼に付き合ったのだが、その日中ボヤいていた。そして私に、「頭がおかしいって書いとけよ、書かなかったら許さないぞ」などと言うのである。困った人だが、それだけ彼が将棋に打ち込んでいるという事なのであろう。
話は変わるが、彼の部屋の壁にはアイドルのポスターに紛れて誓いの言葉や信念の様なものが書かれた紙が所狭しと貼ってある。その中の最新作がなかなか傑作と思うので、ここに紹介させてもらう。
「あなたから将棋を取ったら、何が残りますか?」
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この状況での「頭がおかしいって書いとけよ、書かなかったら許さないぞ」は、非常に感動的な台詞だと思う。
「あなたから将棋を取ったら、何が残りますか?」も、自らを背水の陣へ追い込む、かなり効果の高い貼り紙と言えるだろう。
もちろん、部屋中が貼り紙だらけでは気分的に滅入ってしまうしが、そこにアイドルのポスターがあるところが神崎健二三段(当時)の絶妙なバランス感覚。
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この当時のアイドルというと、敬称略で、菊池桃子、斉藤由貴、小泉今日子、南野陽子、西村知美、渡辺満里奈、国生さゆり、など盤石の体制の時期。
そういうわけなので、神崎三段の部屋に誰のポスターが貼られていたのかを当てるのは非常に難しい。
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翌月の将棋世界では、神崎健二三段と村山聖三段(当時)が同日に四段昇段を決めたことが報じられている。
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(追記 2017.12.23 8:48)
神崎健二八段がtwitterで当時のことを書かれています。
「棋士にならざる者は人に非ず」が正しかったということです。