「この頃はもう、奨励会の将棋指してて”なんで王様が二つあるんだろう”と、フッと不思議に思う時があるんですよねえ。そのぐらい異常でした」

将棋マガジン1987年2月号、「若手棋士訪問記 米長邦雄のスーパーアドバイス 浦野真彦の巻」より。

米長 あれっ、今日は妹さん来てないの。

浦野 ええ、仕事をしてましてね。残念だと言っていました。

米長 本当にそう言ってたのか?

浦野 いや、聞けばそう言うと思ったんですけど(笑)。

米長 ハッハッハ。ダメじゃないか、自分で勝手に決めちゃ。ちゃんと聞いといてくれ。こっちはそれが楽しみで、わざわざ大阪まで来てるんだから。

浦野 でもこの間「米長先生と対局だ」と言ったら、サインをもらってきてくれとか言われましたよ。

 浦野真彦四段は関西将棋会館のすぐ近く(徒歩1分)の1DKのマンションに一人住まい。家賃は5万円との事。一人住まいとは言っても、茨木にある実家での生活と半分半分だという。また、歯科衛生士をしているハタチの妹さんがなかなかの美人らしく、若手棋士数人が狙っているとかいないとか。

 訪問すると自らコーヒーを入れてくれそして一言「まさか砂糖を入れるような人はいないでしょうね」いかにも棋界最軽量(42キロ)のマッチらしい意見。

米長 茨木っていったら、全然遠くないわけだろ。関西会館からどのくらい?

浦野 45分ぐらいですね。

米長 それじゃあ俺の所と同じようなもんだ。それでここを借りてるというのは何か理由があるの。

浦野 しんどいんですよね、対局の朝、早く起きて連盟に行くのが。

米長 ウーン、しかし、それを普通のサラリーマンの方々に言ったら怒られそうだね。対局開始は10時だからね。

浦野 それと、家の方はスペースがないんですよ。僕の部屋が四畳半で、そこにベッドがおいてあったりして。

米長 なるほど。でもいいね、こういう部屋があると。じゃあ、対局の前の日と対局の日はここに泊まるわけだ。

浦野 いえ、対局の前というのは、ほとんど順位戦のときだけですね。

米長 奨励会を卒業して何年だったっけ。

浦野 10月に昇段しましたから、ちょうど3年です。

米長 今期はどうだい、順位戦は?

浦野 ええ、なんとか5連勝です。

(中略)

米長 ここに越してからはどのくらい?

浦野 ちょうど1年ですね。

米長 奨励会の時は親元にいたんだ。

浦野 いえ、15の時にアパートに。

米長 あっ、そう。それはなんで?

浦野 前の関西本部は遠かったんですよ。2時間近くかかって。それで、連盟の近くに借りて、天王寺将棋センターの手合係をやらせてもらってたんです。それから3年程たって、連盟が今の所に来 たんで、家に帰ったんですけど。ちょっと体もおかしくなりまして。

米長 結構、きつかったのかい。

浦野 でしょうね、後から考えたら。手合係が12時から10時まで。片付けやって帰ったら、もう11時ぐらい。それが月のほとんどでしたね。月に20何日。で、奨励会が2日、記録係も2日、稽古も1件あって、休みがゼロだったですね。

米長 手合係やって、アマチュアの将棋を見てても勉強になるわけはないよね。そうすると何で強くなったの?

浦野 遅番というのがありまして、夕方からというのが。そういう時は連盟に行って棋譜並べたり、将棋指したり。あと手合係というのもそんなに忙しくなかったんですね。だから、そこで棋譜を並べたりとか。とりあえず、なんか将棋にからんでた、というのはあったと思うんです。それで二段までは良かったんですけどねえ。二段になって1年くらいの時ですね、1勝11敗というのがあって。

米長 それは思いきった負け方だね。

浦野 その頃ちょうど規定が変わるという話が出た時で、それまでは2勝8敗を2回やって降段しても3勝3敗で戻れるというシステムだったんですが、今度からは本当に落とすという事になったんです。その話が出た時に僕はBに落ちて4連敗してるんですよ。あと4番負けると初段に落ちるんですよね。その時はあわてましたね。その頃ですね、詰将棋を始めたのは。詰将棋の創作ですね。

米長 詰将棋を。それはどうして?

浦野 将棋から離れたかったんでしょうね。その頃はセンターから帰ってきて、フロの最終に入って、それから、夜の12時頃から朝6時頃までラジオを聞きながら詰将棋。ラジオが終わると寝るんですよ。で、昼に起きてセンターに行って。そういう生活を2ヶ月半位続けました。その頃は全然勝てませんでしたね。奨励会で対局するのも嫌でしたし。

米長 その頃に作った詰将棋、今ある?

浦野 ええ、ありますけど、人に見せられるようなものではないんですよ。作り始めの頃ですしね。

米長 いやいや、それが良いんだよ。おう、おう、これ!(3図)。面白いじゃないか。こういうのを16、7の少年が寝ずに作ったっていうんだから。

 3図は初形が市松模様になっている趣向作。市松模様にするために双玉になっている。もち論、無意味な駒が置いてあってはいけない。詰ますのは2一の玉。詰め手順を記すと、▲3二と左、△同竜▲同と(中略)△6四玉▲6三竜まで61手詰。

浦野 この頃はもう、奨励会の将棋指してて”なんで王様が二つあるんだろう”と、フッと不思議に思う時があるんですよねえ。そのぐらい異常でした。

米長 こういうものを考えていて、実戦には当然役立たないわけだよね。

浦野 関係ないですね。むしろマイナスだと思ってました、当時は。

米長 それでも好きでやってたわけだ。

浦野 ちょっとヤケクソ気味もあったんでしょうね。全然将棋、勝てないし。

米長 ヤケクソというのとはちょっと違うんだろうけどね。しかし、そのハケロが詰将棋に来るというのは変わってるね。普通は他の所に行くけどね。

浦野 本当は煙詰を作りたかったんですよ。しばらくして、それができたんですね。それで、納得ができたので詰将棋やめたんですよ。”四段になったらまたやろう”っていうんで。

米長 なるほど、一つの区切だったんだ。

浦野 そうですね。で、今はまたボチボチやってますけど。

米長 それはやっぱり長編?

浦野 まあ、いろいろ。7手詰とかも。面白いな、と最近わかったんで、そういうのとか。あと、煙詰はいつもやってます。煙詰はどうしてもいいやつを作りたいんですよ。後世に残るようなやつを。

米長 そうすると、10代はとにかく将棋に明け暮れたわけだ。将棋にしろ、詰将棋にしろ、手合係にしろ、ね。で、現在はどんな生活をしているの。

浦野 今は、まあ、詰将棋と将棋ですよね。あと、麻雀、トランプ、読書、こんなのが生活のほとんどですね。今一番楽しいのが、勝負をしている時なんですよ、将棋でもトランプでも何でもいいから。

米長 ああ、そういう時が一番将棋に乗ってる時なんだ。将棋に乗ってる時はね将棋が一番楽しいからね、なんたって。

浦野 今は特に順位戦が楽しいですね。

米長 まあ、頑張って「昇級者の喜び」というので、またマガジンに出てくれよ。

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「あれっ、今日は妹さん来てないの」
「ええ、仕事をしてましてね。残念だと言っていました」
「本当にそう言ってたのか?」
「いや、聞けばそう言うと思ったんですけど(笑)」

の会話が絶妙だ。

「本当にそう言ってたのか?」というツッコミをぜひ見習いたいところだ。

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「まさか砂糖を入れるような人はいないでしょうね」

コーヒーをブラックで飲むという人の比率を調べてみた。

すると、ある調査(サンプル数4,479)では、なんと47%もの人がコーヒーには何も入れないという結果が出ていた。

コーヒーはブラック派が47%と約半数! 入れるならミルクという結果(niftyニュース)

これほどブラックの比率が高いとは思わなかった。

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「この頃はもう、奨励会の将棋指してて”なんで王様が二つあるんだろう”と、フッと不思議に思う時があるんですよねえ。そのぐらい異常でした」

それくらい詰将棋に打ち込んでいたということだから、すごいことだと思う。名言だと思う。

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それにしても、玉が1つしかない将棋があったとしたら、これはこれで目的意識を持つのが非常に困難なものになるだろう。

相手玉がなかったとしたら虚しさの極致、自玉がなかったとしたらアイデンティティの喪失。

やはり玉は2つあるのが良い。

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