「六段になるまで結婚したらアカン」

将棋世界1988年11月号、池崎和記さんの「棋士の女房・お袋さん 東みどりさん(東和男六段夫人)」より。

 米長九段が結婚するとき「一.亭主関白を認めよ」で始まる”五箇条の御誓文”を突き出して、夫人にOKさせたという有名な話がある。

 東六段夫妻が結婚したときも、似たような条件が出されている。ただし注文をつけたのは夫ではなく、妻である。

  1. 結婚したら仕事はしない。
  2. 家の掃除も、あまりしない(少しはする)。
  3. 貧乏はイヤ。
  4. オンナのことで苦労させるな。
洗脳されやすい

 結婚したのは昭和54年3月。和男23歳、みどり22歳のときだ。六段は条件を全部のんだ。好きだったから、反対する理由なんかなかった。

 みどりさんが笑いながら言う。

「わがままを言ってみたかっただけなんです。それまで私、自分のわがままというのをしたことがなかったから、一度くらい聞いてもらおうと思ったのね。全部聞いてくれるとは思っていなかったけど、それが―通っちゃったんです」(笑)

5.(妻が)PTAのバレーボールで週2回、家を空けるとき(夫は)子供の面倒を見る。

 これは最近加わった条件で、、ついに五箇条が完成。東六段はセッセセッセと五箇条を守っている。「僕は素直なタイプで洗脳されやすいから」などと口では言ってるけど、なーに、要するに愛妻家なのだ。

 東家は、いわゆるカカア天下というのではまったくない。みどりさんは、棋士の女房としてはむしろ、古風なタイプに属する。ひとことで言えば”ものわかりのいい奥さん”である。

 夫の家庭外行動には関知しない。家庭さえうまく治めていてくれたら、夫は外で何をしてもいい。帰宅時間はもちろん何時でもOK。それどころか、ニッコリ笑って「帰ってこなくてもいいよ」とおっしゃる。

 こんなできた女房、ちょっといない。

一途な思い

 二人が知り合ったのは1977年。

 王貞治が756号ホームランを達成して第一号の国民栄誉賞を受賞し、キャンディーズが「普通の女の子にもどりたい」と名文句を吐いて引退したあの年―。

 みどりさんは大阪・ミナミのウェスタンスナックでアルバイトをしていた。ある日、東青年(当時21歳)がやってきた。互いに顔は知っていたが、親しく話したことはない。兄弟子の高島一由岐四段がこの店の常連客で、東青年は実は「みどりさんを紹介してやるよ」と言われてやって来たのだった。

 兄弟子は姿を見せなかった。「うまくやれよ」という配慮からだったが、青年は「だまされた」と思った。仲介者がいなければ、話を切り出しにくい。みどりさんは、そんな”事情”があったなんてもちろん知らない。

 青年は一人でカラオケを歌いまくった。お目当ての女の子は、カウンターの端で他の客と楽しそうに話をしていた。この日から、青年は恋のとりこになった。片思いだったけれど。

 翌年、みどりさんは別の店へ移ることになった。「お客さんを連れて行こう。だれを呼ぼうかな…」と考えた。「おとなしくて、カネ払いが良くて、文句を言わないお客さんは…」と思案しているうちに、真っ先に浮かんできたのが、ウェスタンスナックにちょくちょく来ていた、あの若い客。

「私は何とも思ってなかった。たんなる”いいお客さん”で、言ってみればカモネギ客だったワケね」と、みどりさんはテレ笑いしながら出会いの日を回想する。

 客は週2~3回のペースで新しい店にやってきた。しばしばデートの申込みを受けたが、みどりさんは適当にあしらって相手にしない。恋の病はますます重症になった。見かねた常連客たちの間から「東さんをみどりちゃんと一緒にさせてやろやないか」という話が出て、さっそく支援チームができた。効果はあった。周囲が盛り上げてくれたおかげで、みどりさんの心が急速に東青年に傾くようになったからだ。

「ホントに急ですね。誠意とか優しさとか、清潔感とか…。最初に会ったときからそういう印象はあったんですけど」

バレちゃった

 同年8月、同棲が始まる。旧関西本部近くの2Kアパート。みどりさんはこの年いっぱいでスナックの仕事をやめた。

 東青年(当時四段)はそのころ師匠から「六段になるまで結婚したらアカン」と言われていたから、同棲していることはだれにも話さなかった。しかし秘密は、いつかはバレるものだ。

 その一、赤いスリッパ事件。

 親しい某棋士がある日突然、アパートにやってきた。東六段は戸口でさえぎって中に入れないようにしたが、スキ間から、青いスリッパと赤いスリッパが並んでいるのをバッチリ見られてしまった。

 その二、”寝坊で不戦敗”事件。

 ドアをノックする音がする。パジャマ姿で出てみると塾生N君がいて「どうしたんですか、対局は…」。十段戦があったのだ。11時55分になっていた。

 目覚ましを3時間も合わせ間違っていたことに気づいてマッ青になったが、時すでにおそし。当時、十段戦は持ち時間6時間で、12時までに対局室に入ればセーフだが間に合うはずもない。不運な出来事だったが、N君に同棲の秘密を知られたのはもっと不運だった。

 このころ森信雄五段は脇謙二六段(東六段の弟弟子。当時奨励会員)に次のようなアドバイスをしている。

「いいか脇君。東君のとこへ行ったら必ずドアをノックし、開けてくれても、しばらく待ってから中に入るんやで。くれぐれもソソウのないようにな」

こっそり昇級予想

 翌年(1978年)3月。森ノ宮の八坂神社で二人だけの結婚式。結婚に反対していた師匠は後日、弟子に「いい嫁さんをもらって良かった」と言った。

 みどりさんは棋士のことは何も知らなかったが、不安はなかった、という。

「結婚しても、生活のペースは独身時代とまったく同じでした。対局のある日は別にして、朝昼晩同じ。昼近くまで一緒に寝て、夕方からごそごそ…。そして寝るのは夜中の2時、3時でしょ。だから同棲し、結婚して、子供ができるころまでは楽しかったわね」

 子供ができてから、みどりさんの生活は一変。毎朝7時起床。長男(小学2年)を送り出した後、次男(2歳)を外へ連れて行く。

 将棋の研究と原稿執筆。お父さんはいつも夜中に仕事する。夫だけが昔のままの生活。みどりさんが次男を外へ連れ出すのは「お父さんをゆっくり寝かすため」だ。「それが一番のお父さん孝行だと思っているの」

 将棋について。

「昔は家に帰っても勝ち負けの結果は言わなかったけど、最近は勝ったときだけ”勝ったよ”って言ってくれます」

「将棋のことは何もわからないからほっとくしかない。棋士は自分でやるしかないわけでしょ?そういう意味では私は放任主義ですしね」

「順位戦の星取り表はしょっちゅう見てる。まずB2を見て、次に前後(B1とC1)を見る。相手の力なんか全然わかんないのに、勝手に”うん、これとこれは行けそう”、”これとこれは難しそうだわ”とか予想したりして。”ひょっとして今年は行けそうかな”とかね」

 放任主義なんて言いながら、やはり棋士の女房だ。夫の知らないところでは一人で気をもんでいるのである。そういう姿を夫の前で見せないだけのことだ。

 みどりさんの話を耳にした東六段「いままでこっそりと、ワシの予想をやっとんたんかいな」初めて知った様子。

マボロシのお百度

「この間の竜王戦ね、結構いいとこまで行ったでしょ。これ勝てば三番勝負という対局の前の晩…」

 相手は中原前名人だった。夫は対局のため東京へ遠征していた。

「友だちが家に遊びにきて一緒に飲んだのね。”こりゃ優勝したら2,600万だぞ”って私、大きなこと言って(笑)。そのとき”近くに神社があるから明日行って、お百度参りしようと思ってるんだけど”って私は言ったの。そのときは結構、本気だったのよね。そしたら友だちが言うには”いまごろ急に神頼みしたってアカンわよ”」

 それで?

「私、単純だから”そうか、それもそうねェ”。で、結局、神社には行かなかったの。そしたら案の定…アハハハ」

 東六段、一緒に笑って「何で行ってくれんかったんや」

 最近の夫について。

「だんだん、いい男になってきたなと思う。いろんな面で、こういうところを直そうとか、こうやって行こうとか、頑張ってやっている姿がわかりますからね」

 何か要望があれば。

「これ以上言ったらエライことになっちゃう(笑)。あとは”地位と名誉”をグーンと上げてくれれば…ね」

将棋世界同じ号のグラビアより。撮影は池崎和記さん。

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池崎和記さんが将棋界と関わりを持つようになったきっかけが、東和男五段(当時)と知り合ったことだった。池崎さんは、東五段の紹介で近代将棋に観戦記を書き始めるようになる。

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東八段の師匠は高島一岐代九段。

この当時は、順位戦でB級2組に昇級しなければ六段になれなかった。

「六段になるまで結婚したらアカン」は「B級2組になるまで結婚したらアカン」と同義語となる。

「四、五段では食えない」と言われていた時代だ。

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ウェスタンスナックという形態を初めて聞いた。

店の人が、カウボーイ、カウガール姿をしていたのだと考えられる。BGMはカントリー。

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東青年とみどりさんが結婚をするまでの過程が、小説のように面白くて微笑ましい。

「おとなしくて、カネ払いが良くて、文句を言わないお客さん」は、棋士の典型の姿ではないかと思う。

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「この間の竜王戦ね、結構いいとこまで行ったでしょ。これ勝てば三番勝負という対局の前の晩…」

この年は第1期の竜王戦で、この三番勝負は、通常の年の挑戦者決定三番勝負に該当する。

お百度参りに、東六段が「何で行ってくれんかったんや」と言うのが可笑しい。

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「みどりさんが次男を外へ連れ出すのは『お父さんをゆっくり寝かすため』だ。『それが一番のお父さん孝行だと思っているの』」が泣かせる。

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「こんなできた女房、ちょっといない」

本当にそう思う。

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1981年頃には、次のようなエピソードもあった。

「谷川君、実は彼女、僕の嫁さんやねん」

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