カニカニ銀夫人

将棋世界1989年3月号、池崎和記さんの「棋士の女房・お袋さん 児玉佳津子さん(児玉孝一六段夫人)」より。

カニカニ銀夫人、登場

 児玉孝一六段は、私がもっとも敬愛するプロ棋士の一人である。

 居玉のまま、二枚銀を前線に繰り出してガンガン攻める「カニカニ銀戦法」は、この人が創案したものだ。私もずいぶん宣伝させてもらった。

 いわゆる”負けない将棋”が大流行りの現将棋界にあって、児玉六段の存在は貴重である。塚田スペシャルが攻め100%なら、カニカニ銀は200%の激しさがある。児玉六段の勇猛果敢なチャレンジ精神は、もっと称えられていいと思う。

 カニカニ銀には旧型と新型があり、前者は7八金-6九玉-5八金の形から二枚銀が出て行く。この戦型は古くからあって他の棋士も指しているが、後者は完全居玉で、児玉六段の専売特許。そして、これこそが真正「カニカニ銀」なのだ。

 新型は、2年前に公式戦デビュー。約20局の実戦例があるが、もっともっと実戦例を増やしてもらい、早く単行本を出版していただきたいものだ。

 昨年、アマ名人戦の大阪大会を観戦していたら、突然、カニカニ銀が出現して、私を驚かせた。カニカニ銀の完勝。相手の人はこの珍戦法を知らなかったらしく、最後まで頭を抱え込んでいた。

 感想戦で面白い場面があった。その将棋を見ていた別の選手が、負けた人にこう言ったのである。

「あんた、カニカニ銀も知らんと、矢倉を指してるんか」

 思わず「バンザイ」と叫びたくなった。プロ棋士でカニカニ銀を指しているのは児玉六段ただ一人だが、アマ間では結構浸透していることが、これでわかった。宣伝した甲斐があったというものだ。

 というわけで、今月は”カニカニ銀夫人”の登場である。

破れたハンカチ

 昭和58年8月、大阪・上本町の近鉄百貨店。将棋まつりが行われていた。

 その会場で佳津子さんは児玉六段(当時は五段)と初めて会った。二人を引き合わせたのは女流ブロの森安多恵子さんだ。

 佳津子さんは将棋ファンで、そのころ関西本部の女性将棋教室に通っていた。教室の講師が森安さんだった。世話好きの森安さんが「一度、児玉さんと会ってみない?」と声をかけたのである。

 その日、3人で近くの喫茶店に入った。六段は、とても緊張している風だった。「カチンカチンになってるような感じでしたね」と佳津子さんは笑う。

 無理もなかったのだ。カニカニ先生が女性向かい合って話をするのは、このときが初めてだったからだ。その”カチンカチン”を見て「誠実そうな人だな」と佳津子さんは思った。これが第一印象。

 喫茶店ではほとんど話をしなかった。森安さんが一人でしゃべっていた。紹介も済み、いくらか緊張が解けたところで、森安さんが気をきかした。「これから二人で、どっかへ行ったら?」

 映画館へ行った。ようやく二人きりになれた。「南極物語」をやっていた。ところが場内は超満員で、座る場所もなければ立ち見の場所もない。映画は見ないで、外へ出た。光がまぶしかった。

 大阪城公園へ散歩に行った。2時間くらい一緒に歩いたろうか。そのとき何を話したか、佳津子さんはほとんど覚えていない。でも一つだけ、忘れられない思い出がある。

 歩き疲れた住津子さんが、石段に座ろうとしたときだ。六段がポケットからハンカチを取り出した。さっと石段の上に敷いた。まるで、昔の日活青春映画の一シーンを見ているようだ。

 児玉六段「石段が汚れていたし、キレイなスカートをはいていたからね。こういうことするの、常識でしょ」

 デート初体験というのに、カニカニ先生は、恋のテクニックだけはバッチリ身につけていたわけだ。佳津子さんは嬉しかった。そして腰掛けようとして、下を見た。思わず吹き出してしまった。

「ハンカチを敷いてくれたのはいいんだけど、破れていたんです」

 真ん中に大きな穴が開いていた。日活青春映画が吉本新喜劇みたいになったが、「優しい人だな。真面目そうな人だな」と、佳津子さんは好印象をもった。

異様な部屋

 佳津子さんが六段のマンションに連れて行ってもらったのは、それから3ヵ月後のこと。それまで月2回のペースでデートをしていたから、そのころは、かなり親しくなっていた。

 JR天満駅の近くにマンションはあった。部屋に入った。ものすごいタバコのニオイに、ムッとした。部屋を見た。佳津子さんは「あっ」と叫びそうになった。異様な部屋であった。

 カベ沿いに、カンビールが40本くらいズラーッと並んでいる。反対側には、ティッシュペーパーの箱が約10個。よく見ると、それは全部、空箱だった。

 それから、電気製品がまったくないのに気付いた。テレビがない。冷蔵庫がない、何もなかった。唯一の電気製品と言えば天井から下がっている電灯だけだ。

 炊事道具は……あるはずがなかった。いや正確に言うとヤカンが1個、急須が1個、湯呑みが1個あった。これだけ。

「前に森さん(信雄五段)から、”あの部屋はすごいよ”って聞いてはいたんです。棋士間では結構、有名だったらしいですね。でも、私は……本当にビックリしてしまいました」

 ”異様な部屋”の秘密はこうだ。

 児玉六段「あのころは毎日、外で飲んだあと自動販売機でカンビールを買って家でも飲んでた。寝酒用ね。家で飲むのはだいたい1、2本だけど、足りなくなったら困ると思って、いつも2、3本買って帰ってたわけです」

 でも全部は飲めないから、飲まないビールがだんだん溜まる。生ぬるいビールは飲めない。冷蔵庫がないから冷やせない。かくして溜まる一方というわけだ。

 ティッシュペーパーの空箱は?

「箱がキレイでしょ。捨てるのもったいないから、小物入れに使ってたんです」

 一つ一つ聞いていくと、それなりにちゃんとした理由がある。テレビはキライだから見ない。外食していたから冷蔵庫は要らない。一人で生活しているのだから、湯呑みは一個でいい……。

児玉家のアマプロ戦

 その部屋で、佳津子さんは六段と初めて将棋を指した。初段の免状をもっていたが、女性将棋教室では”二段の実力がある”と言われていた。

 二枚落ちだった。佳津子さんの作戦は二歩突っ切りで、玉はカニ囲い。そのころから「カニ」とは縁があったのだ。

 佳津子さんは負けた。完璧な序盤だったのに、終盤でおかしくしてしまった。

 終わって六段は、ドッと疲れが出た。というのも、佳津子さんが加藤一二三九段顔負けの大長考派だったからだ。

 上手「一局に3時間かかったんです。終盤なんか、1手1時間という大長考があって、さすがにウンザリしましてね。もう二度と指すまいと思った」

 独身時代に二人が将棋を指したのは、この二枚落ちだけ。しかし、負けて悔しい思いをした佳津子さんは、結婚してから再挑戦する。嫌がる夫に、今度は何と、平手対局を申し込んだのである。

 佳津子さんは居飛車の急戦派。激しいのが好きなのだ。さすがにカニカニ夫人だけのことはある。佳津子さんは研究熱心で、そのころ山田定跡(四間飛車破り)を勉強していた。詰みまで研究していたというから、ハンパじゃない。で、研究の成果を試してみようと思ったのだ。

 妻が局面指定をして、夫は四間飛車。佳津子さんは、▲2六銀の棒銀で、ここから敢然と▲3五歩と仕掛けたのである。

 このときも長考して時間がかかったが、前回ほどではなく、約2時間で済んだ。そして結果は―佳津子さんの快勝。プ口六段が妻に平手で負けた!

 優しい夫がわざと手を緩めたのか。ノー。早く終わらせようとして、いいかげんに指した結果か。これもノー。プロは本気で指して負かされたのだという。

プロ「鮮やかな寄せで、僕のほうは手のほどこしようがなかった。気がついたら、玉が詰んでいたんです」

アマ「あのときの投了の局面を写真に撮っておけば良かったと、私はいま後悔しているんです」

 その日から夫妻は将棋を指していない。今後、指す予定もない。児玉家のアマプロ・オープントーナメント戦は、1回ぽっきりで幕を閉じたのだった。

アナグマ夫人

 佳津子さんが六段から結婚の申込みを受けたのは、知り合ってから5ヵ月後のこと。プロポーズの言葉は「一緒になりませんか」だったという。

 すんなり決まった。周囲の反対はなかった。それから半年後に結婚した。

「型にはまった生活というのは、私はあまり好きじゃない。棋士との結婚も、緊張感があっていいんじゃないかと思いました」

 新生活が始まり、佳津子さんは六段に二つの要望を出した。「タバコをやめること。マージャンをやめること」。

素直な夫だった。タバコは何度か挑戦して、失敗もあったが、現在は吸っていない。

 ただ六段によると「禁煙ではなく、休煙です」。マージャンは、独身時代はほとんど毎日やっていたが、現在は月2回に減っている。

佳津子さんにとって、夫は非常にいいダンナさんだ。真面目だし、優しいし。独身時代はヤカンで湯をわかすことしかできなかったのに、結婚してからは子供(長男、2歳)の面倒も見てくれる。苦労は何もない。

 そして、ケンカしたら100%、妻が勝つ。夫は黙り込んでしまい、まったく抵抗しないからだ。勝つのは快感だが、張り合いがないな、と妻は思う。

「周りでは私が悪い、と思われてるのと違いますか。私は、いじめたくなるタイプだから」(笑)。

 カニカニ先生は、逆にいじめられやすいタイプなんだそうだ。ひょっとすると、カニカニ銀創案の秘密は、このあたりにあるのかも知れない。

 家計管理は佳津子さんの仕事だ。

「この人は、明日のことを全然考えていない。ほっといたら、全部使ってしまうタイプなんですから」

 九州の六段のお母さんからも”手綱を締めて下さいね”と言われているそうだ。

「とは言っても、使い込みをされたことはあります(笑)。預けていたお金が、いつのまにかなくなっていたんです」

 カニカニ夫人は、実生活では”アナグマ夫人”なのである。実に手堅い。

「老後をリッチに送りたいから、いま計画を練ってるところです。相談しても無理だから、私が勝手に設計をたててる。私、ギリギリの生活は、経験がないんです。激しいのは将棋だけでして……」

将棋世界同じ号のグラビアより。撮影は池崎和記さん。

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児玉孝一六段(当時)の独身時代の部屋の様子がエキセントリックだ。

ある意味では非常に合理的な指向と言えるだろう。

ヤカンが1個、急須が1個、湯呑みが1個あるのが、逆に奇跡に思えてくる。

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「カニカニ銀」の命名者は森信雄七段。

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森信雄七段、児玉孝一八段、伊藤博文七段は、非定期的に集まって、鶴橋で麻雀→焼き肉→甘党喫茶というコースを巡っている。

鶴橋に行く1.30(森信雄の写真あれこれ)

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関西の棋士のこのような記事は、池崎和記さんの右に出る者なし。

池崎さんは2009年に58歳で亡くなられているが、本当に惜しいと思う。

 

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