佐藤康光五段(当時)「今まで以上に将棋に打ち込まないといけないことはもちろんですが、これからは余りにも多すぎる将棋以外の苦手な分野にも少しずつ挑戦していきたいと思っています」

将棋世界1989年5月号、佐藤康光五段(当時)の「昇級者喜びの声(C級2組→C級1組)より。

将棋世界同じ号より。

「上がったよ。おめでとう」

 夜中の2時頃、櫛田さんから電話がありました。何だか夢を見ている様でしばらく呆然としていました。そしてハッキリ目が覚め、朝まで眠れず気がつくと朝一番の新幹線に乗っていました。

 3月7日、最終戦は大阪で伊藤四段と。

 9戦目が終わった時点で6番手。6戦目で有森五段との1敗決戦に敗れて以来、昇級のことは考えていませんでした。

 将棋は、相掛かりから難しかったが中盤過ぎ、伊藤四段に一失あってからは押し切り、9時頃終わりました。

 その後私は阿部さんと10秒将棋を指していると昇級候補の人達が次々と敗れるの報。

 何だか居づらくなって思わず宿泊室にかけ込んでしまいました。何とも情けない気持ちでした。そして突然の電話です。

 順位戦は何が起こるかわからない魔物だということを再認識させられました。思えば、今期一番印象に残っている1局目の対神埼四段戦、優勢な将棋を逆転され、終盤自玉に即詰みがあったのを逃してもらって勝った時も思ったことでした(図から、△8六飛▲同銀△8八金以下先手玉は詰み)。

 納得のいく将棋は少なかったが、全力で指したので仕方がありません。

 私は四段にあがった時も、3月末ギリギリで昇段できて運よく順位戦に参加でき、そして今回。

 自分のバカヅキにあきれ、申し訳ない気持ちですが、それ以上に来期C級1組で順位戦が戦えるかと思うと今から楽しみです。

 今まで以上に将棋に打ち込まないといけないことはもちろんですが、これからは余りにも多すぎる将棋以外の苦手な分野にも少しずつ挑戦していきたいと思っています。

 最後になりましたが、師匠の田中先生や両親をはじめ応援してくださった方々に感謝して結びとします。

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将棋世界1989年5月号、青島たつひこ(鈴木宏彦)さんの「駒ゴマスクランブル」より。

 C級2組順位戦の最終日。ご存知のように、一番事件が多かったのが、このクラスの最終戦である。

(中略)

 結果は、二番手の井上が上がれず、三番手の沼が上がれず、四番手の石川も上がれず、なんと最終日の時点で五番手の日浦と六番手の佐藤が昇級することになった。上がった顔ぶれを見れば順当だが、この経過は誰にも予想できなかっただろう。

 まる勝ちの将棋を、ほとんどトン死のような負け方をした井上には、さすがの谷川名人(名人は弟弟子の井上をいつも非常にかわいがっている)も声をかけられなかったそうだ。

(中略)

 思わぬ昇級が転がり込んできた日浦と佐藤には後日話を聞いた。

日浦「ボクの将棋は夕休前に終わっちゃったので、飲みに行っちゃいました。昇級は翌朝、週刊将棋の人に電話で起こされて知りました。『その前に電話したぞ』という人も何人かいるんですけど、眠っちゃうとなかなか起きないんで……」

佐藤「大阪で自分が勝ったあと様子を見ていたら、沼先生が負けて井上先生も負けて…急に怖くなって部屋でふとんかぶってました。午前2時ごろ、櫛田さんが電話で昇級を教えてくれた。電話がなかったら、朝まで眠れなかったでしょうね」

 南、日浦、佐藤。そして17日にB1からA級への昇級を決めた高橋も、家へ帰って寝ていたら翌朝、朗報がとびこんできたという。「果報は寝て待て」というのは本当らしい。

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「自分のバカヅキにあきれ、申し訳ない気持ちですが」

「今まで以上に将棋に打ち込まないといけないことはもちろんですが、これからは余りにも多すぎる将棋以外の苦手な分野にも少しずつ挑戦していきたいと思っています」

このように書いている佐藤康光五段(当時)だが、将棋以外のゲームなどでは、かなり運がない展開となっている。

1995年に中井広恵女流名人(当時)が、「どうやら、全てのゲームの勝負運を将棋につぎ込んでるようだ」と書いているほど。

「今、森内がウチに来てるんだよ。後から康光も来て、明日になれば郷ちゃんも来るんだけど」

1998年、佐藤康光八段名人挑戦権獲得前夜

→→運の良い棋士とそうでもない棋士(後編)

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「まる勝ちの将棋を、ほとんどトン死のような負け方をした井上には、さすがの谷川名人(名人は弟弟子の井上をいつも非常にかわいがっている)も声をかけられなかったそうだ」

この期に昇級を逃した井上慶太五段(当時)に、谷川浩司名人は「残念な結果になってしまったけど、報われない努力というのはないと思う。決して悲観する事はない。自信を持って臨めば来期は絶対上がれる」と手紙を書いている。

そして、井上五段は翌期に昇級を果たすことになる。

先崎学四段・羽生善治竜王(当時)「井上さんに知らせに行こう」