羽生善治二冠(当時)の師走の忙しい一日

将棋世界2005年2月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。

12月7日

 この日は帝国ホテルで、「王座就位式」があり、それに出席してから、田中(寅)九段と将棋会館に来たのだが、昨今はみんな健康志向で、田中君が「天気がいいので普通に地下鉄に乗り、歩きましょう」と言うので、外苑前駅から歩いた。青山通りからざっと30分。神宮外苑は田中君にとって庭みたいなものらしく、いかにも気持ちよさそうだった。

 そうして将棋会館に着き、一息入れていると、特別対局室で、羽生王位対清水女流王位の記念対局が始まった。就位式は大盛会だったが、そこから移って対局とは、忙しい人はいつも忙しい。

(以下略)

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とある日曜日、午前中に放送されたNHK杯戦で対局をしていた羽生善治名人が、午後1時から都内で行われた大盤解説に登場して、「NHKから駆けつけました」と冗談を言ったことは知られているが、上記の「新・対局日誌」での羽生善治二冠(当時)は、生身の羽生二冠が日比谷から千駄ヶ谷に短時間の間に移動したという話。

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王座就位式が正午からとして、記念対局は15時か16時頃から開始されたものと思われる。

玲瓏:羽生善治 (棋士)データベースによると、2004年12月の羽生二冠の対局は7局。

このような忙しさでは、就位式の後に記念対局があったのも不思議なことではなかったのかもしれない。

就位式では和服を着ているので、そのままの和服で新聞正月掲載の記念対局を行えるということもある。

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それにしても、就位式で美酒に酔いしれることなく対局に向かう、というのは、なかなかストイックな流れだ。

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帝国ホテル→日本将棋連盟で路線検索をすると、日比谷から地下鉄千代田線に乗り、明治神宮前で下車、そこから徒歩12分で合計36分、あるいは明治神宮前で副都心線に乗り換え北参道まで行きそこから徒歩5分で合計32分(ただし、2004年の当時は副都心線は開通していない)。銀座まで出て丸ノ内線に乗り四ツ谷でJRに乗り換え千駄ヶ谷まで行き徒歩7分で合計33分という選択肢もある。

どちらにしても、距離の割にはシャープな切れ味を見せる路線はなく、帝国ホテル→日本将棋連盟ならタクシーに乗りたくなるところ。

そこをぐっとこらえて、田中寅彦九段が提案したのが、銀座まで出て丸ノ内線に乗り赤坂見附で銀座線に乗り換え外苑前で降りるというもの。

帝国ホテルから銀座までの雰囲気、外苑前から日本将棋連盟までの景観を考えれば、非常に趣のあるコースと言えるだろう。

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思い出すのは私が29歳の頃。

生まれて初めて将棋会館の道場へ行こうと思っていたのだが、その日は土曜日で前の晩に飲み過ぎて酷い二日酔い。

当時、私は千駄ヶ谷までは比較的近い白金台に住んでおり、家の近所のバス停から千駄ヶ谷駅行きのバスにも乗ることができたのだが、あまりに苦しいのでタクシーで将棋会館まで行くことにした。

「千駄ヶ谷の鳩森神社の隣の日本将棋連盟までお願いします」。

降りる時、運転手さんが、「お客さんは将棋の先生ですか?」と聞いてきた。

もちろん、「いえいえ、とんでもないです」と否定したのだが、二日酔いだったけれども私の顔がプロ棋士のように見えたのだろうか。それなら嬉しいことだ。

都内のどこからでも良いので、「千駄ヶ谷の鳩森神社の隣の日本将棋連盟までお願いします」と言ってタクシーに乗って、降りる時に運転手さんに何と言われるか試してみるのも、たまには面白いと思う。