羽生善治五段(当時)「どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)」

将棋世界1989年10月号、羽生善治五段、森下卓五段、先崎学四段の第30期王位戦〔谷川浩司名人-森雞二王位〕第3局「森魔術の復活期待」より。

将棋世界同じ号より。

 

森下 △5四歩は森流ですね。

先崎 絶対他の人がやらない戦法を採るというのが素敵ですよ。

羽生 去年もこの戦法で勝って調子の波に乗ったというゲンの良さがありますからね。

先崎 というか、森先生の後手番だと、これしかないですからね。

森下 この戦法しかない!?

先崎 どう見ても中飛車かこれでしょう。

(中略)

羽生 ▲6六歩の60分。谷川先生は序盤で随分と時間を使ってますね。

先崎 どういうことかな?

羽生 ここでリードをして、一気に決着をつけてしまおうということなんじゃないですか。

先崎 こういう将棋は森先生の土俵でもありますからね。慎重になる面もあるでしょう。ああ見えても(笑)森先生は随分と研究されてるでしょうから。

森下 そう、体で覚えたフリをしてるんですよ。▲6八金直で次に▲6七金直を見せられて△6六飛ですが。

羽生 角で取るのとどう違うんでしょうかねぇ。▲同角△同飛▲7七角なら△3三角で、単に飛車で取るより角の位置がいいんじゃないかと。

先崎 なるほど、言えるねえ。

森下 細かいことはこだわらない森流ということで。

羽生 いやぁしかし。何か嫌な筋でもあったんでしょうかね。よくわからない。角で取る手もあったと思いますよ。

(中略)

森下 後手は歩損も解消してるし、損はないですよね。手損は手損だけれど。

先崎 いや、森先生は手の損得なんてまったく考えないから。次に考えないのが駒の損得。あるのは駒の効率とか、終盤の速度計算だけでね。手損とか駒損は頓着がないんですよ(笑)。

羽生 谷川先生の方は厚みでアツアツという感じですね。

(中略)

羽生 それは微妙でしょう。

森下 森先生は跳ばした方がいいと。

先崎 他の人と感覚が違いますからね。誰がやったってこんな指し方はしない。

羽生 というか、まとめられないんですよね。

先崎 森先生はまとめようとしないからね(笑)。

(中略)

先崎 9図からはやっただけ。

森下 ええーっ。

羽生 形作りかもしれませんよ、本当に。

先崎 ということで、問題はどの局面にあったかということになるんだけど。

羽生 △5三歩(5図)かなあ。

森下 そう、△5三歩にちょっとクレームをつけたいですね。

羽生 あの局面で△3五銀と出ていれば、たぶん▲8六歩とは突かないでしょうから。

先崎 だいたい先手の▲8六歩~▲7七桂と、後手の△5一金~△1五歩じゃ、手の価値が違い過ぎたように思うな。森先生らしく△3五銀と行く一手だったでしょう。

羽生 第一感銀出ですからね。

森下 それと、▲2三歩成(8図)に対する△2七歩成が負けを早めましたね。金で取っていればまだまだだった。

先崎 それでも悪いんじゃないの。

羽生 どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)

先崎 順位戦なんかでもね、昔の森先生は真夜中に頭にネジリタオルしてうんうんうなっていたでしょう。あの迫力が今期のシリーズで感じられないもの。双方残り30分の将棋になって、ほえるぐらいじゃないと。そうなってからが森将棋の真骨頂なんだから。脂ぎらなきゃ(笑)。

森下 そう、そうですよ。そうじゃなきゃ去年僕が出てって方がよかったって言いたいんでしょ(笑)。

羽生・先崎 その通り。

先崎 持ち味という点では谷川先生はともかくとして森先生の方がね。ファンとしてもこのお二人には緻密な序盤戦より迫力ある終盤戦を期待している訳でね。

森下 第4局以降の頑張りを期待しましょう。

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1図はゴキゲン中飛車の出だしにも似ているが、戦前に木村義雄十四世名人、塚田正夫名誉十段などによって多く指されていた横歩取りの序盤。

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「いや、森先生は手の損得なんてまったく考えないから。次に考えないのが駒の損得。あるのは駒の効率とか、終盤の速度計算だけでね。手損とか駒損は頓着がないんですよ」

これは、森雞二九段の棋風を理解するうえで非常にわかりやすい。

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「谷川先生の方は厚みでアツアツという感じですね」

羽生善治五段(当時)にツッコミを入れたくなるような局面。

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「そう、そうですよ。そうじゃなきゃ去年僕が出てって方がよかったって言いたいんでしょ(笑)」

森下卓五段(当時)は、前年の王位戦挑戦者決定戦で森雞二九段に優勢だった将棋を敗れて、挑戦権を逃している。

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羽生五段、森下五段、先崎五段は、森九段の研究会メンバー。よく一緒に海外旅行などに行っている。

森研究会七人旅

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「どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)」

この羽生五段の言葉には、先崎四段が森九段の将棋を信奉しているという背景がある。

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1992年の先崎学五段(当時)の著書「一葉の写真」の”一枚の棋譜との出会い”より。

 将棋会館で順位戦の記録係を務めていた僕は、終わったあとに室岡さん(克彦五段)に連れられて近くのスナックに行った。まだ酒の飲み方など知らず、日本酒を飲みすぎてしたたかに酔ってしまい、結局、室岡さんの家に泊めていただいた。

 広い家の、広い部屋に寝かせてもらったのだが、なにせ深夜に酩酊して寝たので、カーテンをしめ忘れて寝てしまった。

 夏の暑い日のことである。8時ごろ目覚めた。

(中略)

 しばらく漫画などを読んでいたがふと、本棚にあった一枚の棋譜に目がとまった。

(だれの棋譜だろう)

 僕は棋譜を並べるという習慣をほとんど持たなかったので、なぜその棋譜を並べてみる気になったのかわからないのだが、それが持ち時間を使い切った順位戦の熱戦だったことが興味をひいたのだろう。棋譜の主は森雞二七段と丸田祐三九段(いずれも当時)だった。

 最初はいい加減に駒を動かしていたが、そのうちに突然背筋がピンと伸びた。暑さも汗のにおいも気にならなくなっていた。森七段の中飛車からの強引な捌きと終盤の綱渡りのような受けの芸は、新鮮で、体じゅうが震えるようだった。

 終わるともう一度最初から並べ直した。一発で僕は森将棋に憧れてしまったのだ。2回目は、手つきも姿勢も森雞二になりきって並べた。臨海学校に行った小学生のように身も心もはしゃいでいた。内弟子のころに戻ったようで、このような気分になることは、ついぞないことだった。

 それから1年、週に4日は室岡さんの家に泊まり、ファイルしてあった森雞二実戦集をかたっぱしから並べた。

<良質の棋譜とは、好手連発の将棋よりも、悪手だらけの将棋に一手きらりと光る絶妙手がある棋譜である>という将棋観も、このころに森将棋を反復して並べた(断っておくが、勉強しようという意識を持って並べたわけではない。ただただおもしろかったから並べたのである)あたりからきているのではないかと思う。

 四段になってしばらくして、森さんに研究会に誘われたときは無性に嬉しかった。アア、オレモイチニンマエニナッタンダナ。麻雀を打つと鬼になり、酒を飲みすぎるとトラになり、外国のカジノへ行くと酔っ払ってわめきながら1000ドルチップを張り続ける無頼派の先生だが、今でも盤を挟んだときや酒を飲んだときに、ほかの先輩といるときとは違う憧れにも似た感情を覚えることがある。

(以下略)