森研究会七人旅

1992年の先崎学五段(当時)の著書「一葉の写真」より。

 ことのおこりは、竜王戦の挑戦者決定戦のときだった。羽生-森下戦。二人とも、森けい二九段率いる森研のメンバーである(森、小野修一、森下、羽生、森内、そして僕)。

この研究会には不文律があり、幸せな人が、ほかの五人にご馳走をふるまうことになっている。そこで、この決定戦の勝者が竜王になった場合は、海外旅行を五人にプレゼントすることになった。(そのかわり挑戦して負けたときは、ほかの五人で一人分の費用をだすことにした。これは僕の発案です。いい手でしょう)。

というわけで、羽生が竜王になったため、僕らはただでオーストラリアに行けることになった。羽生善治バンザイ!

出発は4月8日。当日、成田空港に集まった七人(ほかに、森さんの税理士の先生が一人参加した)の顔は明るくウキウキしていた。みんな、ひさしぶりの休養なのである。

(中略)

今回の旅行の目的はというと、当然人によりけりなのだが、森、小野、先崎の三人はカジノである。ほかにない(ゴールドコーストという所は、砂浜が有名なところであるが、砂浜は日本にもあるがカジノは日本にはない、というのが、僕たちの論理である)。

なにしろ、ミスター・カジノマンの異名をとる森九段が団長なのが心強い。森さんはカジノで千ドルチップを賭けるために、将棋を頑張るという人である。

初日、シドニー空港に着くと、ホッとしたのもつかの間、乗り換えの待ち時間が五時間もあると聞かされ、呆然となる。なんでも、オーストラリアではこのくらいは当然らしい。のんびりした国である。仕方ないからバックギャモン(西洋すごろく)をして時間をつぶす。森下さんは、シドニーに知り合いが多いらしくさっそく電話している。さすがである。夕刻ゴールドコーストのホテルに着く。外は雨。普通ならガッカリであるが、この場合は絶妙のカジノ日和である。さっそく食事のあと突撃する。カジノの楽しみ方はみんなそれぞれで、森下、羽生、森内の冷静三人組はスロットマシーンで遊んでいる。結局この日は早目に切り上げ、みんな少しやられた。だがこのときはみんな意気軒昂。「まずは小手しらべだ」なんていっている。

二日目は、現地に住んでいる林秀彦さん(将棋ファンの作家)の家に遊びに行く。

(中略)

夜、カジノ。全員でVIPルームに入る。これが間違いのもとであった。熱くなり大敗。みんなやられたらしく、しょんぼりしている。反省会と称して酒を飲み少し酔う。

三日目、天気は晴れだが波が高い。ちょっと浜辺にはでられない。というかでる気がしない。「天気晴朗なれど波高し、皇国の興廃この一戦にあり」、日本海海戦の東郷元帥の心境がよくわかる。もう止まらない。こうなるともうイケナイ。トラベラーズチェックがどんどんなくなっていく。Z旗を掲げたのもむなしく大敗。疲労がどっと出る。

結局カジノはさんざんであった。僕はしばらく塩をなめて生活するつもりである。僕以外もみんな負けたらしい。

シドニーには二泊した。シドニーにカジノはない。シドニーにはカジノはない。したがって競馬場に一縷の望みをたくすが、当たらない。もう駄目である。僕の損害は給料五か月分。この原稿を書くのがとてもむなしい。夜はチャイナタウンに中華料理を食べに行く。ヤケ食いするしかないのである。

森下さんは終始マイペースで現地の知り合いと会っていた。それと英語にこっていた。「ミスター先崎、ちょっと取ってください。プリーズ」という感じで、完璧なバイリンかぶれである。クロマティの日本語みたいだ。そこでつけられたあだ名が「ソーリー森下」。ソーリーソーリーとなんでも謝ってしまうからである。

羽生、森内の両君はけっこうアツくなっていたみたいで、竜王戦の賞金の百分の一くらいずつ負けたようである。まあ彼らには関係あるまい。

森団長は、大負けから得意の千ドル張りを発揮してチャラにしたようで「大勝ちだ、大勝ちだ」と喜んでいた。今回のカジノは誰も儲からなかったらしい。

帰りの飛行機は揺れた。僕は飛行機というものがあんなに揺れるとは思わなかった。だが羽生が隣に座っているから落ちないと思った。この気持ちなんとなくわかっていただけると思う。

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私は大酒を飲むが、賭け事はほとんどやらない。

確率論的に胴元が儲かる仕組みになっているカジノや公営ギャンブルで勝てるはずがない、というのが持論だからだ。

例えば、宝くじは賭け事ではないが、宝くじの期待値は40%台(全部買い占めたとして戻ってくる当選金が40%台)。

競馬・競輪・競艇の場合で期待値が約75%。

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とはいえ、ギャンブルはお金を賭けるだけが目的ではなく、良い馬を見る、ゲームを楽しむ、面白いレースを見る、非日常感を味わう、予想に関わる自己実現など、さまざまな楽しみの要素がある。

絶対に勝てないからやらない、のではなく、いろいろと楽しめるうえに入場料や見物料が何倍かになって戻ってくる場合がある、と考えれば、ギャンブルは楽しいのかもしれない。

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7年前に、ソウルのホテルの地下にあるカジノへ行ったことがある。

ブラックジャック、スロットマシンなどがある中、私が選んだのはルーレット。

ルーレットの期待値は、0と00があるアメリカンルーレットで94.7%、0だけのヨーロピアンルーレットで97.3%と高率。

ソウルのホテルはアメリカンルーレットだった。

使用予定金額をすべて失う結果となったが、赤or黒、奇数or偶数など、確率が1/2~1/4の場所に少額を張る幼稚園児張りばかりやっていたので、結構長い時間楽しむことができた。

しかし、これは、ギャンブル的には全く面白みのない賭け方であることも確かだ。

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「先生、私の今度の手術は大丈夫でしょうか?」

「この手術の成功率は10%ですが、私は今まで9回続けて失敗してきました。確率で考えると今度は絶対に成功しますよ。ご安心ください」

昔、このような笑い話があったが、少なくとも私の場合、賭け事をやっている最中はこの医者と同じ気持ちになっていたような感じがする。

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これは確率論ではなく情報理論から導き出された仮説の数値だが、最もやりがいのある仕事(賭け事でもかまわない)は成功率50%の仕事。

丁半博打がその典型で、良い意味でも悪い意味でもハラハラしてインパクトが最も強いということ。

悪い意味でハラハラするのはイヤなので、良い意味でだけハラハラしたいという場合、最もやりがいのある仕事は成功率27%の仕事。

成功するには実現不可能ではないほどほどの数字だし、成功した時の達成感も大きい。(あまりに成功率が低いと、成功した時の達成感は大きいものの、期待値が低くモチベーションが上らない)

逆に言えば、最ももやりがいのない仕事は成功率73%の仕事。

とはいえ、勝率73%の棋士が、勝った時のやりがいが他の棋士に比べ最も小さいかというと、そうではないはずだ。

世の中は難しい。

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