近代将棋1990年2月号、池崎和記さんの「福島村日記」より。
某月某日
夜、関西将棋会館へ。C級2組の順位戦日だ。私は観戦記者になってから、取材のあるなしにかかわらず、順位戦は必ず見るようにしているが、この日は急用ができたため連盟へ行くのが遅くなってしまった。
控え室をのぞくと東西のC2棋士が数名。もう何局か終わったようだ。その中の一人、神吉五段が「さあさあ、将棋を指しましょう」と私に言う。
エライ人につかまった。用心棒カンキは順位戦で負けるとサド伯爵になる。つまりその、アマチュアの私(棋力は三段程度)をつかまえ、10秒将棋でトコトンいじめる悪いクセがあるのだ。かつて谷川名人に「シロウトさんをいじめて、どないしまんのや」と関西弁でたしなめられたこともあるほどだ。
神吉・池崎戦は指し込み制で、二枚落ちからスタートする。私が勝てば次は飛車落ち、負ければ四枚落ちというわけだが、私が初戦で勝つことはまずない。それでも今までは四枚落ちで止まっていたのに、この日はなんと六枚落ち(!)まで指し込まれてしまった。
「10秒将棋ですからね」という村山五段のなぐさめの言葉も、頭に血の上っている私には「このアホタレが!」としか聞こえない。
さすがに六枚落ちには勝ったが、もう一度四枚落ちをやっても勝てる自信はないので「きょうは、このへんで勘弁してください」と嘆願。しかしサド神吉は離してくれない。そこで「僕は囲碁将棋ウィークリーの大ファンです。毎週衛星放送を見てるんですよ」と言うと「わかりました。わかりました」とサド。やっと地獄から解放されたと思いきや、そうではなかった。敵は何と「それなら平手でやりましょう」と来たのである。「これなら負けても悔しくないでしょ?」。うっ、急所を突いてきた。もともとタダで教えてもらっているのだから文句は言えない。このあと何番、平手を指したかわからない。もちろん私が全敗。
そばで浦野六段と小倉四段がニヤニヤ笑いながら見ている(ほんまに将棋界はサドの集団だ)。フラフラの頭で対局室に入ると森・大野戦が終わったところだった。
某月某日
鈴木宏彦さんから電話があり「モノポリーをしませんか」と言う。取材で大阪に来ているらしい。「谷川名人と神吉さんがいます。先崎さんも。来るでしょう?」
私は旅行から帰ったばかりでちょっと疲れていたが、カンキさん、と聞いてムラムラと闘志がわいてきた。この間、将棋でひどい目にあった(カタキを討たねば……。モノポリーなら何とかなるやろ。喜び勇んで行くと、神吉さんは用事があるとかで(何てこった)、代わりに井上五段が参加。
関西勢は全員ビギナーなので先崎さんの圧勝かと思われたが、なぜか私が優勝(これで私のモノポリー戦績は過去3戦して優勝2回)。勝ってもあまりうれしくない。以前、谷川さんから「モノポリーは人間性の出るゲームです。性格のいい人は勝てません」と聞いたことがあるからだ。この説は正しいのだろうか。今度、島さんに会ったらよく聞いてみよう。
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池崎和記さんが、いかに関西の棋士に愛されていたかがわかる。
村山聖五段(当時)の「10秒将棋ですからね」も、なかなかいい味を出している。
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「僕は囲碁将棋ウィークリーの大ファンです。毎週衛星放送を見てるんですよ」
この頃、神吉宏充五段(当時)が司会の「囲碁将棋ウィークリー」がNHK BSで始まったばかり。
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神吉宏充七段は駒落ちの下手殺しで有名だ。
池崎さんが六枚落ちを勝てたのも、かなり凄いことだと思う。
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「シロウトさんをいじめて、どないしまんのや」
絶妙な言葉。
谷川浩司九段の関西弁はなかなか聞く機会がない。
棋士室、あるいは飲みに行ったときにしか聞けないのかもしれないが、ぜひ大盤解説などでも聞かせてほしいものだ。