将棋世界1990年12月号、羽生善治竜王(当時)の連載自戦記〔棋聖戦本戦1回戦 対中村修七段〕「一手の罪」より。
今期も開幕してから5ヵ月たちました。
例年ならば、対局過多の状態でこの9月を迎えることが多いのですが、今年はそうではありません。
やはり、開幕の4連敗がその原因でしょう。
とりあえず勝ち越すことが当面の目標だったのですが、この対局の2日前にそれを達成することができ、非常に気分良くこの対局を迎えることができました。
今回は棋聖戦本戦1回戦中村修七段との一戦です。
棋聖戦といえば8月に屋敷棋聖が誕生したことでファンの方は記憶に新しい所だと思います。
この棋戦は年に2回あることが特徴で、とても進行が早いのです。
(中略)
最近、少しずつですが、振り飛車が増えてきたように思います。
居飛車穴熊の出現で振り飛車党は激減してしまいました。
それが見直されつつあるのは色々な原因があると思いますが、何と言っても相居飛車の序盤戦術の進歩でしょう。
また、その進歩が早い。
どれくらい早いかと言いますと例えば半年前の棋譜を見ると「ずいぶん古めかしいことをやっているなあ」
と思ってしまうぐらいに早い。
そんなわけで、相居飛車の場合、どちらの力が強いかと言うよりはどちらがより研究しているかが勝負を分けるという傾向が強まりつつあります。
そういう傾向を面白くないと思っている人も多いはず(私は年齢が上に行けば行くほど面白くないと思っている人が多いと思っています)。
ですから、定跡化しにくい振り飛車が見直されてきたのでしょう。
また、中には相手によって振り飛車をやるという人もいるようです。
(中略)
誰のネーミングか解りませんが、中村不思議流とはぴったりの名前だと思います。
特異な感覚を持った受け将棋で王将戦では2期続けて中原名人を破った実績があります。
人の思いつかないような手を見つけるのが得意なので、そのあたりが不思議流と呼ばれるゆえんでしょう。
中村七段の振り飛車は以前はほとんど見かけませんでしたが、最近は結構、採用しているようです。
のらりくらりと相手の思惑をはずしていく棋風なので、振り飛車向きかもしれません。
(中略)
この将棋は序盤で失敗した為に一方的になるかと思いましたが、盛り返し、逆転したかと思ったのですが、気の緩みがどうもまずかったようです。
しかし、残り1分まで戦うのは負けてもそれなりの充実感があって、こんな感じで毎局指せればと考えています。
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「とりあえず勝ち越すことが当面の目標」とは、それ以前もそれ以降も含めて、羽生善治九段が書いたとは信じられないような言葉だ。
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「この対局の2日前にそれを達成することができ、非常に気分良くこの対局を迎えることができました」
「将棋 棋士別成績一覧」のデータによると、この対局の2日前にこの期6勝5敗としている。
4連敗後に6勝1敗なので、かなりなペースで勝っていたわけだが、期の成績として見ると、やはり不調と見られてしまう。
この後も、この敗戦を入れて4勝2敗。(期の成績10勝7敗、.588)
この段階で竜王戦七番勝負が始まる。
羽生竜王は1勝4敗で敗れるが、この4敗を入れて、竜王戦の期間中は4勝5敗。
谷川王位以外では3勝1敗だったので、羽生竜王が不調というよりも、谷川王位の勢いが凄かったということになるだろう。
羽生前竜王は、竜王失冠後、8連勝。
その後は9勝6敗で、1990年度を終わっている。(1990年度、31勝18敗、.633)
出だしの4連敗と竜王戦七番勝負がなければ、例年通り、すごい勝ち方だったことになる
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「誰のネーミングか解りませんが、中村不思議流とはぴったりの名前だと思います」
たしかに、不思議流は誰が名付けたのかがわからない。
「受ける青春」はスポーツニッポン記者によるキャッチフレーズ。