将棋世界1990年11月号、青島たつひこ(鈴木宏彦)さんの「駒ゴマスクランブル」より。
暑い。いや、本誌が皆さんのお手元に届く頃には、いくらなんでももう日本中が涼しくなっていることだろう。だが、とにかく今年の夏は暑かった。9月に入っても、残暑というのはあまりに厳しい暑さが続いた。
「ばてました」
最近、将棋連盟で会ったときの羽生竜王。
「部屋にクーラーが入っていても、部屋を出て駅に行くまでにぐったりしちゃいますよ」
その隣で先崎四段が「夏バテの上に、雨が降ると膝が痛くなる」なんて、老人みたいなことをいっている。
若い彼らからしてこうなのだから、ばてていない人間なんていない…。と思ったら、一人やけに元気な人がいた。
谷川王位。名人を取られた途端に、目が覚めたように勝ち始めたこの先生の勢いは、9月に入っても止まらない。王位戦で佐藤康光五段の挑戦を受けながら、王座戦の挑戦者になり、さらに竜王戦の挑戦者になった。
「谷川さんの日程はすごい」
みんながいう。どのくらいすごいか、下の表をご覧いただこう。
谷川王位、9月のスケジュール
- 1日 王位戦第5局翌日。徳島から神戸へ帰る。
- 2日 大阪、全日本プロ、対畠山鎮線。勝ち。
- 3日 神戸から東京へ。福田家入り。
- 4日 王座戦第1局。対中原戦。勝ち。
- 5日 赤坂のホテルにて原稿執筆。
- 6日 東京、竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局、対石田戦。勝ち。
- 7日 東京から大阪へ。午前中、大阪の将棋連盟で仕事の打ち合わせ。
- 8日 大阪、棋聖戦、対勝浦戦。負け。
- 9日 神戸から小田原へ、陣屋入り。
- 10日 王位戦第6局、対佐藤康光戦。
- 11日 同上、負け。
- 12日 小田原から神戸へ、一度自宅に寄り、すぐに有馬温泉、瑞苑入り。
- 13日 王座戦第2局、対中原戦。負け。
- 14日 有馬温泉から神戸へ。六甲のマンションに浦野夫妻や脇六段を招き、モノポリー大会。
- 15日 神戸から高松へ、日本シリーズ前日祭出席。
- 16日 高松、日本シリーズ、対高橋戦。勝ち。高松から神戸へ。
- 17日 本誌自戦記原稿執筆。
- 18日 大阪、竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局、対石田戦。勝ち。
- 19日 神戸から小田原へ、陣屋入り。
- 20日 王位戦第7局、対佐藤康光戦。
- 21日 同上、勝ち。
- 22日 小田原から福岡へ、高校竜王戦前夜祭出席。
- 23日 福岡、高校竜王戦審判。福岡から神戸へ。
- 24日 神戸から天童へ、天童ホテル入り。
- 25日 王座戦第3局、対中原戦。勝ち。
- 26日 天童から神戸へ帰る。
- 27日 未定
- 28日 大阪、全日本プロ、対長沼戦。
- 29日 未定
- 30日 大阪、王将リーグ、対南戦。
新聞社の囲碁・将棋担当記者の方に伺った話では、囲碁界では週に1局以上対局がつくと「過多」ということになり、週に2局ペースとなると「とんでもない」ということになるのだそうだ。
ちなみに、谷川王位の9月の対局数は12。対局日数14。移動日13。移動距離、約7,000キロ。
この日程、囲碁界の方ならどう表現されるのだろうか。
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文字を打ち込んでいるだけでも息苦しくなってくるほどの、谷川浩司王位(当時)のものすごいスケジュール。
- 王位戦七番勝負
- 王座戦五番勝負
- 竜王戦挑戦者決定三番勝負
この全てを戦っていると、9月はこのような日程になるということになる。
この月はA級順位戦の対局が入っていなくてもこうなのだから、とにかくすごい。
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このスケジュールを見ると、勝ち続けているなら、大変ではあっても順調かつ前向きに推移すると思うのだが、負けが多い場合は、大変さが数倍になって降りかかってきそうだ。
やはり、棋士は勝つのが一番の元気の素、ということを強く実感させられる。