持将棋物語

近代将棋1992年7月号、武者野勝巳五段(当時)の「プロ棋界最前線」より。

 A図は前期竜王戦七番勝負、タイにおいて行われた竜王戦第1局の終了図である。

 見てのとおり先後双方の駒は24点以上あるので、A図にて持将棋が成立した。

 続くB図は現在行われている名人戦七番勝負の第1局の投了図である。

 本誌の読者なら、「双方入玉して互いに詰む可能性がなくなった場合、玉は数えず飛車角の大駒を5点、それ以外の小駒を1点として計算し、24点あれば持将棋成立で引き分け」という規定はご存知かと思う。

 プロの場合、引き分けとして指し直し決着がつくからこの方法が採られているのだが、時間の制約があるアマチュアの大会の場合「27点(玉を除く駒の点数の合計の半分)に足らなければ負け」という、いわゆる27点法が採用されるケースが圧倒的だろう。なにしろ将棋連盟主催のアマ大会でも、すべてこの27点法を採用しているのだ。

 実はこの私が担当だったときに、一度この27点法を総会に提案しているのだが、有力棋士の反対発言があって採決までには至らなかった経緯がある。

 賛成意見はアマチュアとプロの基本的ルールが違うのはおかしい、27点にした方が見込みがない者は早く投了する―などで、B図は24点にわずか2点足りないので先手も延々頑張ったが、27点法で大きく5点も足りないならば、投了の時期が早まったかもしれないなあと想像することができる。

 反対意見としてはプロは指し直しの時間的な余裕がある、互いに24点以上で引き分けと緩やかなので、まあいいでしょうと終局が早まり、見苦しい駒の取り合いが少ない―など。A図はちょうど先後とも27点となっており、この後取ったり取られたりはあるが、互いに最低でも24点は確保できるでしょうと了解したと想像できる。これが27点法となれば、A図から凄惨なる駒の取り合いが演じられたことだろう。

 持将棋の規定にはこの他にも複雑な課題があり、次号に改めて論じてみたい。

近代将棋1992年8月号、武者野勝巳五段(当時)の「プロ棋界最前線」より。

 前号で現行24点法の持将棋規定を27点法に改める件について書いたところ、「賛成です。引き分けのわずかな可能性をなくすことの利点は、それによって生じる弊害よりも限りなく大きいと思います」との手紙を数人からいただいた。

(中略)

 さて、持将棋問題を解決するなら27点法にし、同点の場合後手勝ちとするルールを採用するだけでよさそうに思うが、ことはそう簡単には運ばない。ルール通の間で有名な、持将棋模様での「金底の歩」問題が残っているからだ。

「金底の歩」とは何か?論より証拠、まずはC図をご覧いただきたい。

 C図は先後とも入玉してとても詰みはない形で、玉を除いた現状の駒数は先手29点、後手25点である。△8九と以下金歩のスクラムは崩されてしまうが、▲同金と取れば1点にはなり、先手28点が確定する。だが金や歩も敵陣に入ってみろと言われれば、スクラムが崩れた瞬間に鯉の餌よろしくパクパクと食べられ、先後27点同士で後手の勝ちが確定するだろう。

「取ってみろ」理論を採用すれば1点。

「入ってみろ」理論を採用すれば0点。

 これが未だに解決されていない「金底の歩」の問題点である。

 これにも関連したことだが、相入玉による駒数判定では、27点以上あることをいつ、誰が、どのように認めるかという大問題が残っている。

 現行のタイトル戦では立会人がついているので、互いに入玉をし、駒の取り合いがなくなった頃、「双方駒数は足りているようですね」などの表現で持将棋を提案し、両対局者がこれを了承して指し直しが決まるのだが、一方に「まだ駒が取れる可能性がある」と言われると、立会人といえど持将棋を強要することはできないのである。

 持将棋指し直しでもかくのごとし。ましてや27点法にして決着をつけようとする場合には、立会人のいない一般対局やアマ大会などでも用いることのできる、判定時期と基準を明確に規定しなければならないだろう。

(中略)

 私は「敵陣に入った駒と持ち駒を合わせて28点あれば、勝利を宣言することができる」という私案を持っている。

 私の知恵では、これが判定の時期を機械的に決め最も早い条件だったわけで、このような文言となったのだが、そのため結果的には「入ってみろ」理論を採用することになってしまった。C図における金底の歩の数、感情としては1点と数えるべきだと思うのだが、「入ってみろ」理論では0点扱いとなる。これが大いなる悩みである。

 さらにC図を突き詰めて考えた場合、先手は金底の歩をなんとか1点にしなければ勝利宣言することができないが、一方動かしさえしなければ、後手に勝利宣言に必要な点数とはならず、先手負けとはならないだろう。勝てない負けないで、金底の歩が永遠に残り、世にも稀な引き分けが成立してしまうかもしれない。これが第二の悩みである。

 以上なんとも歯切れの悪い結論となってしまったが、こういったルール改正には多くの方の知恵が必要だということだろう。ご意見をお聞かせ願えれば幸甚。

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1992年5月の定時棋士総会で討議された議題の一つが持将棋のことで、持将棋委員会ができている。

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現在のプロ棋戦での持将棋の規定は、

  • 持将棋は両対局者の合意によって成立する。
  • 玉を除く大駒1枚を5点、小駒1枚を1点として数え、両対局者の点数が各々24点以上あるときは無勝負とし、持将棋指し直しとなる。
  • どちらか片方の対局者の点数が24点に満たない場合は、満たない方の対局者の負けとなる。
  • 両対局者の合意に至らない場合で、手数が500手に満たない場合は「入玉宣言法」を使用することができる。
  • 入玉宣言法(後述)は、宣言しようとする側の手番で、手番の時間内に指し手を止め「宣言します」と言い、時計を止めて対局を停止させる。
  • 両対局者の合意に至らない場合で、手数が500手に達した場合は持将棋とする。ただし、500手指了時点で王手がかかっている場合は、連続王手が途切れた段階で持将棋とする。その際、双方の点数は一切関係なく、勝負はすべて無勝負とし、持将棋指し直しとする。

入玉宣言法の詳細は次の通り。以下の全ての条件を満たしていれば、宣言側は勝ち、または無勝負を宣言できる。

  1. 宣言側の玉が敵陣3段目以内に入っている。
  2. 宣言側の敵陣3段目以内の駒は玉を除いて10枚以上存在する。
  3. 宣言側の玉に王手がかかっていない。
  4. 点数の対象となるのは、玉を除く宣言側の持駒と敵陣3段目以内に存在する宣言側の駒のみで、31点以上あれば宣言側が勝ち、24点以上30点以下であれば無勝負とし、持将棋指し直しとなる。
  5. 条件1~4のうち一つでも満たしていない場合、宣言側が負けとなる。

「点数の対象となるのは、玉を除く宣言側の持駒と敵陣3段目以内に存在する宣言側の駒のみ」という考え方は、「金底の歩」問題を十二分に考慮したものだと言える。

点数は違うものの、この頃の武者野勝巳五段(当時)の私案と方向性は同じだ。

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それにしても、秒読みに追われながら、入玉宣言法の条件2と条件4をチェックするのは、本当に大変なことだろう。

書いているだけでも胸が苦しくなってきそうだ。