鈴木大介六段(当時)「僕の中では5分切れ負け最強といえば故・村山九段と屋敷七段」

将棋世界2000年8月号、鈴木大介六段(当時)の「鈴木大介の振り飛車日記」より。

 すでに陥落が決まっている王位リーグ。最終戦はここまで3勝1敗でトップを走る屋敷七段との対局だ。

 屋敷七段で有名なのは「忍者流」で僕が知り合った三段の頃はその勝ちっぷりから皆に「お化け屋敷」と恐れられていた。その日常からも”お化け”ぶりを発揮し、数々の噂やエピソードがあった。例えば

「屋敷の時計はたたけばたたく程時間が戻る」

 等がある。これはまぎれもない事実であり、当時は秒読み時計などまだなく、奨励会員はあの”チッチッチッ”と鳴るアナログ式のチェスクロックを使って5分切れ負けをよくやっていた。半分くらいは切れ負けで勝負がついてしまうのだが屋敷三段の時計は妙に切れないのだ。終盤屋敷三段の時計が針にかかり10秒を切る。相手はだいたい一手指すごとに”バシン”とチェスクロックを強くたたく(強くたたくとたまにポトリと針が落ちる事がある)。逆に屋敷三段の方は忍者の手付きでソロリと指してペチョンとたたく。なのに何故か切れないから不思議だ。

 僕も一回挑戦した時、朝9時過ぎから午後3時頃まで1局も勝てず(40連敗くらいしたと思うが少しはゆるめて欲しかった)本当に泣かされた事もあった。

 僕の中では5分切れ負け最強といえば故・村山九段と屋敷七段(屋敷七段の方は酔うとアマ初段くらいになってしまうが…)この2人がとてつもなく強かったイメージがある(屋敷七段はアナログのチェスクロックに限るが…)。

 (以下略)

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屋敷伸之九段が奨励会に入ったのは1985年12月、四段になったのが1988年10月。

屋敷少年が「忍者流」と呼ばれるようになったのは、何かきっかけがあったのか、あるいは自然発生的なものだったのか、どちらかは分からないが、時期的には屋敷九段の奨励会時代と全米各地でニンジャ・ブームが起きていた時(1981年~1990年)が重なっている。

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アメリカでのニンジャ・ブームは、ショー・コスギさん主演のハリウッド製ニンジャ映画によるもの。

ハリウッド製ニンジャ映画は、忍者が必ず空手の名手であったり、ヌンチャクを使ったり、日本の忍者のイメージとはかなり異なる過激なアクションが特徴で、何よりも、大きく誤解された日本観がベースとなっているところが面白い。

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大きく誤解された日本観というと思い出すのが、小林信彦さんの小説「素晴らしい日本野球」。

これは 自称「日本通」アメリカ人のW・C・フラナガンが書いたことになっているが、実際には小林信彦さんの著作。パロディーと言っても良いだろう。

〈ヤキュウ〉のルーツは柳生一族にあったなど、何でもニンジャに結びつけたがる傾向もあったりして、とにかく面白い。

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5分切れ負け将棋に強かった屋敷伸之九段と村山聖九段の共通点は、奨励会をあっという間に駆け抜けていったところ。(村山九段は2年11か月、屋敷九段は2年10ヵ月)

5分切れ負け将棋が強ければ奨励会を早く卒業できるという法則があるのかどうか、興味深いテーマかもしれない。

 

 

 

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