五番勝負の流れを引き寄せた「将棋の常識にない手」

将棋世界1996年9月号、中野隆義さんの第67期棋聖戦五番勝負第4局〔三浦弘行五段-羽生善治棋聖〕観戦記「天下人の手」より。

棋聖戦第4局。将棋世界1996年9月号より、撮影は中野英伴さん。

棋聖戦第4局。将棋世界1996年9月号より、撮影は中野英伴さん。

 羽生の2勝1敗の後を受けた棋聖戦第4局が行われる大阪市心斎橋「大野屋迎賓閣」に向かう新幹線車中にて思う。

 第1局は、先番羽生の新趣向▲5八玉によって幕を開けた。

 相掛かり模様から早々の▲5八玉は、模様見の一手というのでは先手の立場として情けないので、おそらく、後手が△8六歩から8筋交換に来れば、その動きをとらえて▲2四歩の合わせからの急戦を挑む狙いを見せたものと推測する。後手がこれを警戒するなら8筋交換を拒否して先手だけが歩を持った利を主張していこうという作戦で、第1局はこちらの路線をたどった。

 羽生の作戦は奏功せず三浦が鋭い切込みで快勝したのだが、その勝敗に関わらず、▲5八玉の採用に羽生の余裕を感じさせられたのは盤側のみならずファンをしてもそうであったものと思う。

 第2局。角換わりの注文を付けた三浦の▲1六歩から▲1五歩に「ナニクソ」の気迫が見て取れた。

 ▲1六歩と突く。相手が受けなかったら▲1五歩と突き超すのは気合である。そうでなかったら▲1六歩はフニャフニャの一手になってしまう。端に意地を通せば、主戦場となる中央方面への手が遅れるのは無論承知の上。羽生の大攻勢の前に敗れ去りはしたが、ここまでの経緯はまったくの互角と言えるものであり、前期の五番勝負で三番棒にやられた負い目を完全に払拭したと思われた。

 ところが第3局の大敗である。羽生の決め方の鮮やかさに救われはしたが、三浦にとっては拙戦以外の何物でもなかった。

 中盤戦で羽生が指した▲3七銀が新手とのことで、これを見落としていた三浦の作戦負けがはっきりしたのだが、私見によれば▲3七銀という手は取り立てていう程の妙着ではなく、棒銀の繰り替えを見た普通の着想と言える一手である。

 三浦が▲3七銀を読めなかったのは、既成の手順に寄り掛かったがためと推測する。三浦本来の力からして▲3七銀が見えないなどということはあり得ない。

 伸び伸びと戦っていた者が牙をへし折られる。自信の揺らぐ時である。牙を再生できればよし、再び自らの力で戦っていける。できなければ過去のデータにすがるしかない。データを金科玉条とあがめ奉れば個の力消え行くばかり。

 第3局に牙の再生未だ成らずの三浦を感じた記者は、第4局の帰趨を思い描いて足どりも重く対局場にたどり着いたのだが、これがとんでもない思い違いだったのは何よりの幸いであった。

エースで立ち向かう

 局面は三浦の注文で、角換わりとなった。第2局と同様の戦型である。失敗に終わらせた角換わりに、もう一度大勝負の舞台を踏ませたことから、この戦法が三浦のエースであることが分かる。

 先手との同型を避けて△6五歩とした後手の作戦に、▲6六歩(途中図)と反発するのが好感触の指し方である。

 (△6六同歩▲同銀で)6六に銀が移動したため先手の8筋が手薄になったかに見えるが、△8六歩▲同歩△同飛には▲7五銀△8二飛▲8三歩△同飛▲7二角の反撃があって後手はなかなか8筋交換を決行できない。間接的に8筋を守りながら、後手の取った6筋の位をかっ飛ばしたのが先手の自慢である。

 1図。▲6四歩と垂らした局面は、こうなれば指せる、と三浦が思い描いていた絵図面の一つである。途中、△4四歩の手で△6五歩と突っ張り、この図を拒否するチャンスが後手にはあったのだが、小細工をせずにあえて相手の意中を行くのが羽生の羽生たるところである。

 羽生の戦略には力強さがあり、これは木村、升田、大山、中原らの大名人に共通したものである。

横綱相撲

 ▲4五歩の突き捨てから▲3七桂(2図)と跳ね局面は本格的な戦いに突入した。

2図以下の指し手
△9五歩▲2四歩△同歩▲4五桂△3七角▲3三桂成△同金▲2九飛△9六歩▲3五歩△9七歩成(3図)

 △9五歩は、▲同歩ならば△9八歩▲同香△9七歩とポンポンと叩いて▲9七同香に△6四角がある。取れないのなら△9六歩の取り込みを見せて先手の攻めを催促する意味がある。

 こうなれば先手は怒る他はなく、三浦の▲2四歩の攻撃続行は当然の一手である。控え室の検討では、▲2四歩に対して△同歩は▲2五歩の継ぎ歩が見え見えなので△同銀の変化を掘り下げ、先手有望なのではないかの判断が出かかっていたのだが、控え室に勉強に来ていた野田敬三四段から「△2四同歩はどうでしょうか」という意見が出された。「それはダメでしょ。▲2五歩と合わせると」と言う面々に、野田は黙って△9六歩と端を取り込んだ。「えーっ。▲2四歩だとォ」に、野田△4六角。▲2四歩は次に▲4一角を見た無茶苦茶に厳しい手なのだが、その威力を減殺するのみならず3七の桂に当てて先手の攻撃陣をなし崩しにしてしまうのが△4六角であった。具体的には、△4六角に▲4一角なら△2四銀と根本の歩を食いちぎってしまうし、3七の桂取りを受ける▲2七飛などは△2六歩で先手ホロホロ(まったくダメという意味の業界用語)である。

 羽生△2四同歩に三浦が考え込む。▲4五桂と攻めたが直後の△3七角が厳しい反撃である。▲3三桂成と銀桂交換の戦果はあげはしたものの、▲2九飛と手が戻って後手を引くようでは△9六歩から△9七歩成が間に合ってくる。△9七歩成を許すと△8六歩▲同歩△8七歩や△8七と▲同金△8六歩などの早い手が見える。ここに至り、控え室は羽生有利の展開との統一見解を出した。

 相手の思惑通りの局面に踏み入り、しかも、▲4五歩・▲2四歩という急所への敵のつっかけを堂々と△同歩と応じて戦う羽生を見て、記者はつくづく羽生の天賦の才を感じた。

常識にない手

 三浦の▲3五歩に手抜きで羽生が△9七歩成(3図)を実現し、控え室の空気はますます羽生有利の度を濃くした。七冠王が悠々と歩を進めて挑戦者を追い詰めているように思え、記者は早い終局を予想していた。

 しかし、3図を前にして、後手有利に非ずと見ていた者が世の中に二人いた。

 一人は、羽生の目の前に座っていた三浦である。「歩を成られて、もしかしたら苦しくしたかと思いました」と局後に述懐したように、羽生の指し回しに動揺した部分もなしとはしなかったが、同時にまた、こちらの作戦通りにことは進み、そこから全軍をもって戦っているのだからこちらが悪いはずはない、という信念が心の中に脈々と息づいていた。何か有利に導く手があるはずと局面をにらむ三浦に、ある手が浮かんだ。

 そのころ控え室では、産経新聞の観戦記を担当する永松記者の指摘した手に大揺れに揺れていた。

「と金、取ったらどうだね」

「えーっ。△同香成でタダですよ」

「うん。それで▲9一角と打つんだがね」

「えーっ。そ、それは……」

 そんな手があるんかいな、という感じで検討され始めた手が、飛車の打ち込みに弱い後手陣の弱点を突いた勝負手中の勝負手であることが分かり、俄然控え室は色めき立った。

 将棋世界編集部村井記者より戦況を伝えよとの電話が入る。「羽生よしと思うけれど、まだ難しいところがあります」と手短に応えて受話器を置く。

 ▲3四歩△同金を利かしてから、黙考17分。三浦が、▲9七香と着手したのがモニター画面に映し出されるや、控え室にドッとばかりどよめきが起こる。「永松さん、やりましたね」と驚く面々に「奨励会の年齢規定はどうなっているんかね。まだ、入れるんかな」ととぼけて永松さんはミッキーマウスのように笑った。一時お身体を悪くされていたと聞いていたが、この一事をもって快癒なさったことを確信した。

変化2図以下の指し手
△8六歩▲同歩△9七香成▲9一角△1九角成▲同飛△9二飛▲4六角成△8七歩(4図)

 ▲9七香(途中2図)は将棋の常識にない手である。と金をはずされた瞬間、「えっ、そんな手が……」という表情で羽生が盤面をまじまじとのぞき込んだのを、記録の藤内忍三段はしかと見届けている。

 全く読みにない手を指された羽生は、しかし、とっさの判断で8筋の突き捨てを利かしてから△9七香成と香を取り、▲9一角に△1九角成の好手を放った。単に飛車を逃げて▲3七角成とされる変化に比べて、香を一本得しているのと先手の飛車を2筋から働きの劣る1筋にヨレさせているのが角捨ての効果である。

巧妙なしのぎ

4図以下の指し手
▲9三歩△同飛▲9四歩△同飛▲9八歩(途中3図)

 4図。△8七歩と垂らして、やはり羽生が指せるかと見ていた記者に、またもや三浦の勝負手が飛び込んできた。

 ▲9八歩(途中3図)は、

△同成香なら▲9五歩△同飛▲9六歩△同飛▲8七金△9二飛▲9六歩で9筋からの飛車の侵入を防いでしまおうという意味である。これで後手の狙う△8八成香▲同金△9九飛成と雷を落とす筋を消したのが大きい。記者はようやくにして、これはことによると大変なことになるかもしれないという予感を持った。

 △8八歩成▲同金△同成香と清算したのは、一つの自然な筋である。△8八同成香の手では△8七桂と打つ手が有力と局後に知れたが、桂を打つのはいかにも屈折した筋にない一手であり、実際の場面では本譜の順に良さを求めるのがまっとうな指し方というものであろう。

見落とせど倒れず

 △6五歩▲同桂と呼び込んで桂取りに△6四歩(5図)と打ち、羽生は将棋を決めに来た。

 次に何でも△6五歩として▲同銀なら△5五桂が厳しい。さすがに決め所は逃さないなと見ていると、▲8一馬に△5四金が着手された。これは傍目から見ても手の調子が明らかに変である。

 三浦は、▲4三銀(途中4図)と打ち込む時、やったぞと逸る心を抑えていたに違いない。▲4三銀は必殺の寄せの第一弾だった。

途中4図以下の指し手
△3三金▲2三歩△同玉▲5三桂成△同金▲3五桂△1二玉▲3四歩△4三金左▲4五馬△2三桂(6図)

 ▲5三桂成の鬼手を羽生は見落としていたのだった。△同金と取る他はなく、▲3五桂を利かされてから勇躍▲4五馬(△同銀は▲2三銀以下詰み)とされては、5対4でリードの9回に満塁ホームランを食らったようなものである。羽生でも見落とすことがあるのだなあ、と妙な感慨に浸りながら、「大逆転です。これで投了でしょう」と写真家の中野英伴さんに言って腰を浮かすと、指す手なしと思われた羽生がモニターの中で次の一手を盤上に打ち付けていた。

「△2三桂ってなんだァ」

 6図。将棋とは、気迫で受かるもの、なのだなと思う。

 終わったと思われた勝負は、延長戦へと突入した。

不動駒二枚

 これほどまでに形勢を指し示す指針が頭の中で右に左に揺れ動いたことはない。

 後手に角が入ると、先手玉に△9六角以下の即詰みが生じる。

 手筋の△3一銀の犠打で自玉の詰めろを消して△4五銀と馬を取って、羽生勝ちかと思えば、▲9七香以下先手玉のトン死筋を消して頑張る三浦。

 記者はもう、黙ってモニター画面に映し出される死闘に見入る他はなかった。

 将棋とは深いものだと改めて知った。

 ▲5三桂成の強打を炸裂させて勝ったと思った三浦が、本当に勝ったと確信してホッとしたのは△9五桂の王手に▲7七玉と逃げて自玉が詰まないのが分かった時だという。▲5三桂成から実に30数手後のことであった。

 投了図以下は△同角▲同桂成△同玉▲4二角△2一玉▲3一金までの即詰みである。

 敗れたりとはいえ、羽生の序盤から中盤戦初期にかけての将棋の作り方は見事であり、それを跳ね返した三浦の再三にわたる勝負手もまた素晴らしかった。その勝負手が、己の大局観を信じたところから生まれたことに尚一層の収穫がある。

 不動駒が5枚以下なれば大熱戦とは古来よりの伝承である。本局は、不動駒僅かに2枚。9九香・9七歩・9一香は一度さばけた後に盤上に現れ出でし駒である。

棋聖戦第4局。将棋世界1996年9月号より、撮影は中野英伴さん。

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1勝2敗でカド番となった挑戦者・三浦弘行五段(当時)の、五番勝負の流れを一気に変えるきっかけとなった一局。

中野隆義さんの視点が温かい。

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「しかし、3図を前にして、後手有利に非ずと見ていた者が世の中に二人いた」

「▲9七香は将棋の常識にない手である」

3図は、先手から見れば憂鬱になりそうな局面。

それが、そうではなかったのだから驚く。

▲9七香~▲9一角は、言われてみれば絶妙の順であることに気がつくが、3図の局面から▲9七香~▲9一角を読むのは非常に難しい。

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▲9八歩(途中3図)も、味わい深い妙手。

このような複数の流れが、「勢い」ということになるのだろう。

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「▲5三桂成の強打を炸裂させて勝ったと思った三浦が、本当に勝ったと確信してホッとしたのは△9五桂の王手に▲7七玉と逃げて自玉が詰まないのが分かった時だという。▲5三桂成から実に30数手後のことであった」

▲4三銀(途中4図)、そしてそれに続く▲5三桂成のような決め手が続いたにもかかわらず、△2三桂(6図)が好防で、三浦五段が勝ちを決めるまでに一波乱、二波乱を経る。

勝つことは本当に大変だと感じられる最終盤の棋譜だった。

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三浦五段は、この一局に勝って、更には第5局でも勝って、棋聖位を奪取することになる。

会心の第4局が、五番勝負全体の勝利を引き寄せたと考えることができる。