藤井猛六段(当時)マジック

将棋世界1996年12月号、中野隆義さんの第27回新人王戦決勝三番勝負第1局〔藤井猛六段-丸山忠久六段〕観戦記「悪手を断ち切る勝着」より。

将棋世界1996年12月号より、撮影は河井邦彦さん。

将棋世界1996年12月号より、撮影は河井邦彦さん。

 新人王戦決勝三番勝負は、丸山と藤井の対決となった。共に昭和45年生まれの26歳。

 丸山と藤井の対戦は過去に4度あり、初めの1、2局を丸山が勝ち、3局目で藤井が星を一つ返している。1、2局目の戦型がどちらも相振り飛車であるのが興味深い。2局とも先番藤井の四間飛車に対して丸山が力戦を挑み、序盤から怒ったような大攻勢をとって力でライバルをねじ伏せている。渋い指し回しをもって鳴る丸山とは思えぬ戦いぶりに、藤井への対抗意識が見て取れる。いつもニコニコと笑っている丸山だが、心はしっかりと勝負師である。

(中略)

 ▲1五歩(1図)は、後手が居飛車穴熊を目指せば、穴熊の急所である端攻めを狙う有効な手になる。また、左美濃などの持久戦になった場合にも、敵の王様の懐を狭め、こちらの懐は広めているというやはり大きな価値のある手となる。ということはつまり、▲1五歩は、相手に「ゆっくりした戦型になると、そちらが何かと損になりますよ」と言っている訳で、相手に「急戦でおいでなさいな」と挑発している意味があるのである。

 対して居飛車側には2通りの選択肢がある。

 一つは「へーんだ。端攻めを見せるだって。上等じゃねえか。そちらの狙い通り穴熊にしてやるから、攻め潰せるものなら潰してみやがれ」と、平然と穴熊を目指す道。

 もう一つは「貴方ね、そりゃ持久戦になった時には端の位が大きいのは分かるけどさ。将棋はそんなハナっから端歩に2手もかけていいものかね。モタモタしてっと急戦で一ひねりしてやらあ」と、敢然と急戦を目指す道である。

 本譜。丸山は△8五歩と飛車先を決め、△7四歩と攻めの歩を突いて急戦の道を取る決意を盤上に示した。

(中略)

 △7五歩から先手の角頭を目指して丸山の攻めが開始された。

 △7五銀(3図)までの局面を見て立会いの石田和雄九段が「五段目に攻めの銀が出れば居飛車有利と習ってきたんだがねえ。我々は」と言った。

 記者は石田の言った感覚は今も全く真理であると思う。

(中略)

 ▲8九歩はしぶとい受け。「ここであっさり指すようでは、あそこに(決勝三番勝負)いないんですよね」と若手の誰かが言った。同感である。

4図以下の指し手
▲4七銀△6九飛▲6八銀△8八歩成▲同歩△同飛成▲同角△6八飛成▲4八飛△同竜▲同金△8九飛▲4九歩△8八飛成▲7八金△9九竜▲4六銀(5図)

 ▲8九歩と受けた時点では、「ここで相手から手がなければ十分楽しみがある」と踏んでいた藤井だったが、丸山に自信満々△4六桂(4図)と打たれて手が止まった。

 桂打ちから本譜の手順があるのを全く見落としていたと藤井は局後に告白している。

 さて、相手に手がないと見て指した手が実はそうではなかった、というのはプロの戦いとしては致命的な落手である。この大ピンチに藤井がどう対処したかが、本局の最大の山場であったと記者は思う。

 藤井は、3八の銀と桂とが換わってはすぐに負けないがジリ貧となり勝ちは望めないと判断した。そして銀を逃げた後に生じる後手からの攻めによる自軍の被害を冷静に分析計算し、悪いながらも勝負のアヤがあることを見極め、はじめに見落としたのだからこれくらいの不利は仕方がないと、決然として3八の銀を桂取りにかわしたのである。

 確かな読みの裏打ちがあるとはいえ、なんと潔い態度であることか。

 自らの落ち度がそのまま明らかになる手順には、なかなか踏み込めぬものだが、これこそが悪手を引きずらない極意でもある。

 プロゴルフの世界。ラフに打ち込んだら、まずそこから脱出することを最優先に考えるというのがメジャーの中のメジャーである全英オープンを戦い抜くための鉄則という。ラフに打ち込むのは将棋で言えば悪手である。悪手を指したのだから脱出の一打をペナルティとして受け止めるのである。それを拒否してグリーンを目指してリカバリーショットを試みた者達は、リンクスのぼうぼうと茂るラフの深みに消えていった。

 ▲4七銀とすれば、5図の▲4六銀までは一本道である。

 傍目には丸山好調と見えたのだが、予定と思える△6九飛以下の攻めを決行するのに38分もの長考が払われていた。

5図以下の指し手
△7七歩▲6八金△8八竜▲5八金左△7三桂▲5四馬△4三銀▲8七飛△7九竜▲4三馬△同玉(6図)

 △7七歩から△8八竜は厳しい追求である。村山らが囲んでいた桂の間の継ぎ盤では、続いては△7八歩成から△6八とのヤスリ攻めを予想し、勝負の行方はあらかた見えたという空気になっていた。

 しかし△7三桂▲5四馬△4三銀がモニター画面から伝えられるや、ブーイングが巻き起こった。

 △7三桂は遊び駒の活用であるが、そうまでする必要があるのだろうか、また△4三銀と立つのはいかにも薄い。△4三銀打と手厚くおごっておくところではないのか……。疑問がむくむくと湧き上がる中、▲8七飛の強烈パンチ。

 記者は継ぎ盤を黙って見守っていた深浦に形勢いかがなりやのお伺いを立てた。深浦の見立ては後手危うしであった。

(中略)

 いったん悪くした流れを変えることはできず、丸山は藤井に押し切られた。

(中略)

 感想戦で、△6九飛に要した38分の長考の中身が丸山から語られた。本譜の順よりもさらに良い手はないかと、先に△8八歩成と成り捨てる攻めを掘り下げたのだが、思わしい結論が得られず結局予定の順に戻ったとのことであった。

「本譜でいいでしょう。(△7三桂のところで)とっとと、歩を成ってくれば良かったんじゃない……」と藤井。丸山は不承不承ではあったが、頷いた。

 丸山に読みの寄り道をさせたのも、簡明なと金作りからの攻めを見送って△7三桂と跳ねる紛れの道に迷い込ませたのも、記者は4図の局面で藤井が堂々と▲4七銀と指した手にあると思う。

将棋世界1996年12月号より、撮影は河井邦彦さん。

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上の写真は感想戦の時の様子。

深浦康市五段(当時)と窪田義行四段(当時)の姿が見える。

二人は兄弟弟子。

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「渋い指し回しをもって鳴る丸山とは思えぬ戦いぶりに、藤井への対抗意識が見て取れる。いつもニコニコと笑っている丸山だが、心はしっかりと勝負師である」

藤井猛九段と丸山忠久九段は、羽生世代の棋士の中にあっては、ただ二人の研修会出身。

そのような意味でもお互いに対抗意識が強かったと考えられる。

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中野さんの文章を借りると、

藤井システム「ゆっくりした戦型になると、そちらが何かと損になりますよ」

居飛車A「へーんだ。端攻めを見せるだって。上等じゃねえか。そちらの狙い通り穴熊にしてやるから、攻め潰せるものなら潰してみやがれ」

居飛車B「貴方ね、そりゃ持久戦になった時には端の位が大きいのは分かるけどさ。将棋はそんなハナっから端歩に2手もかけていいものかね。モタモタしてっと急戦で一ひねりしてやらあ」

のような会話になるのだろう。

この頃、藤井システムの猛威が広まっていきはじめたところ。

居飛車Aさんの道を取ると、散々な目に遭うわけで。

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「五段目に攻めの銀が出れば居飛車有利と習ってきたんだがねえ。我々は」

振り飛車側の飛車が4八にいて、△7五銀(3図)と圧迫され、それで振り飛車側が指せるという大局観が、まさに藤井流の新時代の振り飛車の感覚。

藤井猛九段以外、指しこなすのが難しい形とも言えるかもしれない。

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「ここであっさり指すようでは、あそこに(決勝三番勝負)いないんですよね」

いろいろと汎用的に使えそうな言葉だ。

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「この大ピンチに藤井がどう対処したかが、本局の最大の山場であったと記者は思う」

「自らの落ち度がそのまま明らかになる手順には、なかなか踏み込めぬものだが、これこそが悪手を引きずらない極意でもある」

いかに被害を最小限にとどめるか、あるいは、いかに逆転の種となるようなアヤをつけることができるか、という方針での応接となるのだろう。

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この対局での藤井猛六段(当時)の4図からの応接は、例えは非常に悪いが、間違って入ってしまったぼったくりバーで、すぐに逃げ出す行動を起こすのではなく、最後まで飲食をして、その間に活路を見出すというような戦術。

猛烈に強いからこそできることだと思う。

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「丸山に読みの寄り道をさせたのも、簡明なと金作りからの攻めを見送って△7三桂と跳ねる紛れの道に迷い込ませたのも、記者は4図の局面で藤井が堂々と▲4七銀と指した手にあると思う」

丸山忠久六段(当時)の読み筋通りに進んだのに、好事魔多しという展開。

将棋の奥深さとしか言いようがない。

 

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