あっTVを見ました。ファンです

三浦弘行八段の15年前のホワイトデーの出来事など。

近代将棋2001年4月号、マジシャンの小林恵子さんの「棋士との愉快な交遊録」より。

時は平成8年、世間は羽生七冠王誕生にわいていてTV、雑誌各社が羽生さん一色だった。七冠統一から数ヵ月後、2年連続で棋聖戦の挑戦者となった三浦さんが、3-2のフルセットの末、棋聖位を獲得した。羽生七冠の一角を崩した三浦棋聖の誕生はたいへん話題になった。

そのころ、キリンのペアマッチのイベントで、ご挨拶をかわした産経新聞社の斉藤富夫さんから、

「棋聖戦の就位式にぜひ来てください」とお誘いをいただいた。

当時の私は、お仕事を一緒にさせていただいた棋士の方しか知らなくて、将棋のタイトル戦や諸事情にもまったく無知だった。就位式はどういうものなのか不安で一杯になった。

そんなとき偶然TVで三浦棋聖を拝見する。「進め!電波少年」だった。

アポなしで突撃取材する番組で、松本明子(タレント)が突然、

「私をお嫁さんにもらってください」

とお願いする内容だった。

その相手が三浦棋聖だ。犬の散歩から帰ってきた三浦さんは、突然のことだったが、「では…お友達から」とていねいに答えている姿がとても好印象だった。こういう番組に棋士が登場するのはおもしろすぎる。

そして、迎えた就位式。師匠の柳田と、妹弟子を伴ってお花をもって出かけた。会場の中に入ると、斉藤さんが

「どうも、きてくれたんですか」と、すぐに声をかけてくださった。

「では、ご紹介しますから、そこで花束の贈呈をお願いします」との就位式の段取りまでわざわざとっていただいた。

となると…お花を渡すだけでよいのか、またまた心配になる。柳田が「ちゃんとお祝いの言葉を考えて、少しお話をしろよ」という。

(中略)

いくつかの言葉を考え、紹介と共に壇上の三浦さんにお花を渡しにいく。私が挨拶をしようとすると、

「あっTVを見ました。ファンです」

と先手を打たれてしまった。

日曜のお昼のTV番組に出演していた「上岡龍太郎にはダマされないぞ」を見たのかしら?びっくりして頭の中はお祝いの言葉どころじゃなくなっていたが、なんとかしどろもどろに「がんばってください」と言葉を交わして花束を渡した。

冷静になればなるほど、妙な気分だ。だって壇上にいる有名人にファンが花束を渡すのが普通であって、逆に「ファンです」と言われるのはなんか変じゃないかしら、とそんなことを考えるとうれしくなった。

(中略)

将棋雑誌を見ていると、棋士のお誕生日が書いてあった。そこで三浦さんの誕生日を発見! バレンタインデーの前日だった。そこで自叙伝「マジシャン誕生」とチョコレートをお贈りすることにした。お忙しいだろうが、読んでもらえるとうれしいなと思って。

するとホワイトデーに三浦さんから小包みが届いた。わざわざ、お返しをくださったのだ。

「わ~、みてみて」と、事務所の仲間の所に持っていって包みを開こうとすると、なんか変。包みからカラカラと音がするのだ。なんだろう?この音。

あけてびっくり!なんとも無残にくだけたビンとキャンディだった。

すぐさま、配送センターに連絡すると、先方に連絡をいれて確認してから、新しい物を送るという。先方に連絡?

それは、せっかく送ってくださった三浦さんにこの事件が伝わる。それはがっかりさせてしまうかもしれない。配送の不手際の問題なのに。相手の気持ちを無駄にしないように連絡しないで、なんとかしていただくことはできませんかと交渉した。

数日後、新しい商品が届く。こなごなになったビンをなんとなくこのまま手放したくない気持ちにもなったが、結局、取り替えてもらうことにした。

この話は、いつまでも内緒にしておこうと思ったのだが、「もうそろそろ時効だから書きなよ」と柳田から押されて書くことにした。

その年以降は、ビンが送られてくることはなくなったので、もしかしたら、この出来事を三浦さんは、知っているのかもしれない。

みなさん。そろそろホワイトデーですが、お返しに割れ物のプレゼントは気をつけましょう。

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「では…お友達から」

「あっTVを見ました。ファンです」

それぞれ名言だと思う。

ちなみに「進め!電波少年」では、23歳の頃の羽生善治三冠の自宅へ松村邦洋さんが突撃訪問。19枚落ちで羽生三冠に将棋を挑むということもあった(羽生三冠の勝ち)。