「泣き虫しょったんの奇跡」前夜

将棋世界2005年3月号、山岸浩史さんの「盤上のトリビア 第11回 『将棋は気分しだい』である」より。

「暗い」「勝てない」の悪循環

 読みの深さと知識の量。もしコンピュータ同士なら、この二つの優劣で勝負は決まる。だが人間が将棋を指す以上、そこにどうしても第3の要素が入り込む。そして、それこそが勝敗を分けることを身をもって証明している人がいる。

「寒いですねえ」とニコニコしながら、その人は現れた。スーツが似合う長身。黙っていればかなり威圧感があるのに、ぼそぼそとした声を発したとたん、ただの「いい人」になってしまう。

 瀬川晶司さん、34歳。ご存じ、恐怖のプロキラーである。

 平成12年、銀河戦で対プロ7連勝。15年、やはり銀河戦で久保八段を破り、アマ初の対A級勝利。今期銀河戦も現在4連勝。その対プロ戦通算成績はなんと15勝6敗で、勝率7割1分4厘はプロの年間勝率ランキングならベスト5くらいには入ってしまう。

「彼は純粋なアマじゃない」という声も聞く。たしかに瀬川さんは三段まで昇りながら年齢制限で退会した、元奨励会員である。しかしそれは、彼がプロに7割以上勝つことの何の説明にもならない。無類の好人物はなぜ史上最強のプロ殺しとなったのか、理由が知りたかった。

 22歳から4年在籍した三段リーグの通算勝率はちょうど5割。最高の星は10勝8敗。平凡な成績というしかない。

「でも、四段になれないと思ったことはなかったんです。自分は強いはずだと」

 なのに勝てない―。おそらく、多くの奨励会員に共通するジレンマだろう。

「一局の勝負に人生がかかるプレッシャーから消極的な手しか選べなくなるんです。暗い戦い方ばかりで将棋を指すのが苦しくなって、逃げ出したくなって、さらに勝てなくなる。その悪循環でした」

 しかも、もう一つの魔物がとりつく。

「このまま将棋しか知らない人生でいいのか、もっと社会を知らなきゃいけないのでは、という迷いも出てきて……」

 平成7年、最後のリーグ戦に負け越して退会。以後はもう将棋は指すまいと心に決めた。棋書も自分の棋譜もすべて捨て、大学を受験して合格をはたした。

 だが2年後、転機が訪れる。

「友人の誘いで、平成最強戦に軽い気持ちで出たんです。正直、優勝すると思ってました。ところがベスト4どまりで」

 しょげて帰ろうとしているところへ、大会の主催者から声をかけられた。

「初めてでベスト4なんて、君すごいねって。結局、元奨励会三段なんていっても誰も僕のことを知らない。自分の存在をみんなに認めてもらいたいという気持ちが急に湧いてきたんです。もともと大好きだった将棋という最高のゲームで」

指したいように指す

 新たな闘志に火がついた。しかし、「おもに実戦と棋譜並べ」という勉強法は奨励会時代となんら変わりはなかった。

「いちばん変わったのは、アマの方と接するようになって、将棋が好きな自分を思い出したことでした。たとえば奨励会員どうしで旅行に行っても、将棋を指すことなんてほとんどなかった。ところがアマ仲間と行くと、それこそ一晩中でも指しまくっているんですよ」

 社会人になって帰宅が遅くなっても、「ネットで一局指したいな」と思う自分を、変わったなあ、とつくづく感じた。そして、変化は盤上にもはっきり表れる。

「指したい手を指せるようになった。迷いなく思いきり踏み込んで指せるようになったんです。どうも将棋というゲームはそのほうが結果がいいみたいですね。三段時代より強くなったかどうかはわかりません。でも当時の自分と指せば、迷いがないぶん、いまの僕が勝ちます」

 しかし、プロに7割以上勝てるのは、ほかに何か秘訣があるんでしょう?

「いえ、同じですよ。プロを恐れすぎず指したいように指すだけです。たしかにプロは強い。でも銀河戦で何度か戦って、アマ上位の力があればかなりいい勝負になるとわかってきた。ほかのアマもそう指せば、プロ対アマの勝敗はいまよりもっと接近してくるはずです」

 一例としてあげたのが1図の対久保八段戦だった。

 この局面で瀬川さんが放った意表の一手、△5三桂が、史上初の快挙をもたらした勝因である。

 次の△6五桂が、先手が居玉だけに厳しい。だが▲6六銀と防ぐのでは先手の角筋が止まってしまう。結局、△6五桂が実現し、後手有望となった。

「奨励会時代ならまず指せない手です。6五へは、8一の桂がはねるのが本筋だという観念にとらわれていますからね。持ち駒を手放してよくなるはずがないと、浮かんでも決断できなかったでしょう」

 すると、将棋を勝負として見たとき、いちばん大切なものは?

「メンタルな部分だと思います。平手、つまり勢力が均衡なら、少々の差は一手の油断や気の迷いで逆転してしまう。トッププロでもそれは同じはずです。今回の竜王戦も、渡辺君がもっとおとなしくいい子にしていたら、森内さんが防衛していたんじゃないでしょうか(笑)」

 もし瀬川さんがいまプロになったら、どのくらいやれるでしょう。

「うーん……C2なら、勝ち越せるとは思いますが。うまくいけば昇級できるかな.でもC1で勝ち越しはきついです」

 そして珍しくきっぱりとこう続けた。

「サラリーマンになってやっとわかったんです。好きなことで、将棋でご飯を食べられることが、どれだけありがたいか。いまの奨励会員たちにそれだけはいいたい。僕は気づくのが遅すぎました」 

 だが、そんな瀬川さんのことを「うらやましい」と言ったプロがいる。

楽しんでいるから強い

「四段になったって、将棋が苦しいのは同じです。C2の順位戦なんて、三段リーグと変わりませんよ」

 平成15年の銀河戦で瀬川さんに敗れたプロの一人、伊奈祐介五段はいう。

 伊奈五段といえば三段リーグ次点2回でフリークラスの四段になったのち、みごとC2編入をはたした現在唯一の棋士。規定の勝率を突破するまでの戦いに胸を熱くしたファンも多いはずだ。

 瀬川さんには三段リーグ時代に2連勝していた。当時の瀬川三段の印象は、

「率直にいって、あまり強いとは思いませんでした。というより25歳くらいになっても四段に上がれない人は、若者に呑んでかかられますから。本人も自信を失ってるから、よけい勝てなくなる」

 ところが、年長者と若者のこの関係はお互いの立場がアマとプロに分かれて盤をはさむと逆転するのだという。

「今度は若いプロのほうにアマには負けられないというプレッシャーがかかりますからね。この将棋もそうでした」

 2図がその伊奈-瀬川戦の序盤。瀬川さん得意の横歩取りの注文に伊奈五段は横歩を取らなかった。対して瀬川さんは1筋、3筋を突き捨て、桂もはねて飛車を回る奔放な指し回しで圧倒する。

「手の善悪より、横歩を取らないところでもうダメです。あとは押されっぱなしでした。将棋はメンタルなゲームですからね。瀬川さんはいま将棋が楽しくてしかたがない。だから強いんです」

 楽しんでいるのがわかりますか?

「だって、盤面に表れていますよ」

 しかし、と伊奈五段はいう。

「瀬川さんがたとえばC2で勝ち越せるかといえばわかりません。また三段リーグのときと同じ重圧がかかりますから」

 そして苦笑まじりにこう続けた。

「将棋に関しては、いまのほうが瀬川さんは幸せかもしれませんね。正直、楽しく指せるのがうらやましい気がします。プロは勝たなきゃいけないんです」

 場面は瀬川さんとの会話に戻る。

「じつは、この機会に僕からも話しておきたいことがあるんです」

 急にあらたまった表情に変わった瀬川さんの続く言葉には、耳を疑った。

爆弾宣言!

「プロになりたいんです」

 えっ!?

「僕を特例でプロ棋士にしてほしいと、連盟にはたらきかけるつもりです。僕はやっぱり将棋で生きていきたいんです」

 ことの発端は、これだけ銀河戦で活躍している瀬川さんに、来季は出場資格がないことだった。昨年、規定の成績をアマ大会であげられなかったからだ。「それはおかしい」と、友人のアマ強豪・遠藤正樹さんが疑問を抱き、瀬川さんの胸のうちにある思いをたしかめた。

 奨励会とは別にプロになる道をつくろう。志を同じくした二人は、瀬川さんのフリークラスでのプロ入りを求めてこれから具体的な行動を起こすそうだ。

 しかし奨励会員は猛反対するでしょう。瀬川さんならそれはわかるはずですが。

「僕が奨励会員でも、猛反対しますよ。でも考えてみれば、四段になれなくてもプロへの道が残されることは、彼らにとっても悪いことではないと思うんです」

 瀬川さんは親しいプロには「野望」を打ち明けた。以下がその答えである。

「瀬川なら仕方ないがほかは認めん」(川上五段)、「竜王戦か朝日オープンで相当な実績が必要だろう」(野月六段)、「俺より強ければ許す」(田村五段)

 今回の取材中、あるベテラン棋士は私に「元奨励会員にアマの大会に出る資格を認めるべきでない」とまで言った。おそらく、瀬川さんのプロ入りなど冗談じゃないという意見が将棋界の大勢となるだろう。しかし、ここはひとつ議論を尽くしてほしいと一ファンとして思う。

 たとえばこんな論点はないだろうか。

 いまプロの最高位は竜王だが、プロの資格は名人を頂点とする段位(四段)でしか認定されないのは矛盾しているとはいえないか。

 またプロ資格の厳しさが「将棋は実力の世界」という信用を生んでいるのはたしかだが、それは将棋界から弾き出した人々を犠牲にして得たものともいえる。多少それが損なわれたら、将棋界が自前の努力で補ってもよいのではないか。

 なによりファンの反応に耳を傾けてほしい。問答無用で切り捨てられるほど、いまの将棋人気は安泰ではないと思う。

 瀬川さんはこれからも勝ち続け、今年中には連盟に是非を問うつもりでいる。

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瀬川晶司アマ(当時)をプロ入りさせたいという動きはこれより以前からあったが、この山岸さんの記事の衝撃度が大きく、この記事を発端に急速に事が動き始めることになる。

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山岸さんは、新宿にあった酒場「あり」の常連。

この瀬川アマとの会話も「あり」で行われたと考えられる。

「あり」には将棋盤と駒が何セットも置かれていたので、1図や2図の局面も「あり」で並べられたのだと思う。

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山岸さんは講談社勤務。

9月7日から公開される映画『泣き虫しょったんの奇跡』の原作となる瀬川晶司四段(当時)著『泣き虫しょったんの奇跡』は2006年4月に講談社から刊行されている。

山岸さんは、もちろん瀬川アマにそのような本を書いてもらおうと思って瀬川アマと話しているわけではない。

そもそもこの時点では、プロ入りに反対する声が大きそうなことも予想され、全く先行きの見えない状況での記事だった。

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「この間、トイレで○○三段が”たのむ、俺を殺してくれ”って言うんですよ。わかりますか。俺たち、命かけてるんです」

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将棋世界2005年8月号グラビアより

 

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