福崎文吾九段の心意気。
近代将棋2006年1月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。
その控室に福崎新九段がやってきたので「昇段おめでとうございます」と声をかけると、「あ、ありがとうございます」。
僕はしかし、福崎さんが昇段を決めたB級2組順位戦の対脇八段戦を見ていない。その日は家で竜王戦第1局の原稿を書いていて一歩も外へ出られなかった。
それで福崎さんに「自戦解説をしてくれません?」とお願いしたらノータイムで「いいですよ」。いつもながら気持ちのいい人だ。
「池崎さん、どっかに書いてくれるの」
「はい、近将(本欄)で紹介しようかなと思って…」
「それはうれしいね」
福崎さんは将棋世界誌で関西将棋レポートを連載している。”福崎語”ともいえる独特の表現を交えながら関西棋士を紹介するコーナーで、弟弟子の佐藤康光棋聖が愛読しているコーナーでもある。
僕は福崎さんがその欄で昇段を決めた将棋を取り上げると思っていたから「近将で同じ図面は使いたくないので将棋世界で使う図面を教えて下さいね」と言った。ところが意外なことに福崎さんは「昇段したことは書くけど図面は載せない」というのだ。
「もったいないですね。でも、どうして?」
「自分の勝局譜を載せるのは自慢してるみたいで嫌だから…」
「ああ…。でも九段は最高段位ですよ。記念すべき将棋だから載せる価値はあります。ファンも喜びます」
「いや、それはできない」
謙虚というか清廉というか、美学を貫くところが福崎さんらしい。
(以下略)
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この時、福崎九段は将棋世界2006年1月号の「関西将棋レポート」で次のように書いている。
10月28日、順位戦B級2組の対脇八段戦に勝って九段に昇段した事は知っていましたが、数日後、週刊将棋で本間博五段の記事を見て実感がわいてきました。
この日はとなりで南さんと西川さんの対局、前には脇さん、盤側には本間さんと、このメンバーは30年前の奨励会入会の時の仲間です。入会試験では確か本間さんに相振りで負けた事も2日前のように覚えています。その本間さんも今では酔拳の達人として知られています。
羊頭狗肉の九段にならないよう気をつけねばならないと思っています。
第1図は11月2日王位戦の畠山成幸七段対は武山鎮六段戦。二人は双子の棋士。時々入れ替わっていると噂されたこともある。この日も私は二人の顔をまじまじと見たが見分けがつかなかった。
(以下略)
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福崎九段は、ソフトでほんわか、飄々とした雰囲気。
関西弁での笑いを前面に押し出した大盤解説は人気があり、福崎九段の解説なら行くというファンが多い。
福崎九段の解説は、わざと悪い手を進めて王手飛車取りなどにかかって「しもうた」と言ったり、聴き手にとってわかりやすい内容だ。
1992年に羽生棋王が福崎王座を破って以来、19年間連続で羽生王座が王座を保持しているので、福崎九段は自らを「名誉前王座」と名乗っている。
今読み直してみると、「関西将棋レポート」もかなり面白い。