山崎隆之七段のデビュー戦

山崎隆之七段らしい山崎四段時代のデビュー戦。

将棋世界1998年7月号、神吉宏充六段(当時)の「今月の眼(関西)」より。

 五月十二日、火曜日。午前10時を過ぎたというのに、私は美味しそうに立ち食いソバを喰っていた。

「そろそろやな…」この日は山崎隆之新四段の初対局の日である。対戦相手はこのカンキ。天才と噂される新人の腕試しのお鉢が回ってきたんだから、久しぶりに楽しみな対局ではあった。が、先日仲間に「二人の対局、どちらも来んかったりして」と言われてビックリ。私は遅刻の常習犯だが、山崎四段も奨励会時代、遅刻して不戦敗になった経歴があるという。

「何、山崎君ってそんな大物かいな! ほんなら当日も5分ぐらい遅刻しよるかもしれんのう…よっしゃ、わかったでぇ」で私はいつもより多目の10分遅れて対局室に登場したのだった。

山崎君は下座にちょこんと座って待っていた。「よし!」武蔵の心境じゃないけど、とりあえず遅刻では勝った! と思ったが記録用紙を見ると彼が遅刻した様子がない。私の方だけ「神吉六段遅刻10×3=30分」と記されてある。「あれ?山崎君、今日は遅刻とちゃうかったん」と聞くと「あ、ハイ。ギリギリ間に合いました」である。う~ん、勝ったような負けたような…ようわからんわい。

振り駒で私が先手。得意の四間飛車穴熊にはせず三間に飛車を振って美濃囲いに構え、「穴熊見せるのはまだ早いわい」と言うと山崎君はクスクス笑う。初対局やというのに余裕があるのう。

その山崎、対局が始まってしばらくこちらを見ている。おお、ハブ睨みに対抗してヤマ睨みかいなと思ったが、よくよく注意して見ると、私のネクタイを注視しているようである。局後この事を尋ねると実に面白い一言が返ってきた。「あ、あれは一点に集中する訓練をしていたんです。ネクタイの模様をずっと見ることによって集中力を高めようと…。普段なかなか集中出来ませんから」

(中略)

以下、新人の落ち着いた指し回しに完敗してしまった。ううむ残念! それにしても山崎君はフワッとしているというか落ち着いているというか…。とても10代の若者に思えない雰囲気がある。大スターになってくれるだろうか。

(以下略)

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ネクタイの模様をずっと見ることが集中力を高める訓練として有効なのかどうかはわからないが、寺に篭って座禅などをするよりは時間的には手軽である。

また、相手が男性といえども、普通の時に相手のネクタイを凝視していたら”変な青年”と思われるが、対局中なら、そこまでは思われない。

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羽生七冠当時、15歳の頃の山崎少年が、1996年の西広島新聞に取り上げられている。

羽生7冠王を倒す男(1)あわや史上4人目の中学生棋士

羽生7冠王を倒す男・佐伯区の山崎隆之さん15歳(2)

羽生を倒す男(3)母と先生よりのはなむけ

羽生7冠王を倒す男(4)アマ4段と一局さしてもらいました

 

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山崎七段は、NHK将棋講座で「山崎隆之のちょいワル逆転術」を担当している。

バトルロイヤル風間さんの似顔絵に、羽生名人を、底知れぬ闇を持つ昭和のカリスマホスト風に描いた羽生善治④『色悪』があるが、山崎七段バージョンの「色悪」も見てみたい感じがする。